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064:はばたき[翡+幸]
強い潮の香を含んだ風が頬を撫でた。
ぶるりと震えて幸鷹は目を開ける。
寒い……。
慌てて裸の肩に触れる。
冷え切っていた。
初夏ではあるのだが、早朝の海風は冷たい。
ゆっくりと上半身を起こし、視線を落とす。
傍らにあったはずのぬくもりは消えている。
昨晩も、陸〈おか〉に上がるよう説得に来ていた。
想像はついていたが、まったく話しにならなかった。
何故、この類い希な才能を海賊稼業に費やすのか。
理解はできなかった。したくもなかった。
それと同時に、陸に上がったこの男の姿は想像できない。
海賊の存在そのものが間違いなのに。
たぶん、幸鷹にもこの男に海賊稼業をやめさせることに本心から納得していないのだ。
それならば、説得などできるはずはない。
昨晩のように、ただなし崩し的に抱かれてしまうだけなのだ。
単に袖を通し、一通りの身支度を整える。
朝靄に白くけぶる甲板に出た。
名を呼んだ。
「翡翠」
数羽の海鳥と戯れる男の後ろ姿があった。
その鳥たちに囲まれ、独り佇む姿に幸鷹は理解する。
この男は誰のものにもならない。
何かに属することも決してない。
決して手に入れることのできない孤高の存在なのだ。
ゆっくりと近づけば、海鳥はばさばさと白い翼をいっせいに広げた。
そして、男の周りをゆっくりとはばたき旋回しながら飛び立っていった。
「早いね、国守殿」
深い海の色をした髪を早朝の冷たい風にたなびかせて男は振り返り微笑んだ。
その存在の鮮やかさに幸鷹は声を失い、しばし見とれていた。
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