032:楽しかったよ!!![翡*幸]
その日は、天地の白虎が神子のお供で怨霊退治の一日だった。
さほど苦戦もせず怨霊を封印し、神子を紫姫の館まで送り届けた。
館から出れば、今しがた陽は西へと沈んだばかりのようだった。
あと半時もすれば、京は月明かりだけの薄闇に包まれる。
まだ、ぼんやりと明るい空を逆行に幸鷹を見る。肩に手をのせ言った。
「昨晩は楽しかったね、別当殿」
が、予想に反してその手はぴしゃりと叩かれる。
「そうですか。お前は楽しかったのですね」
眼鏡の奥でキツイ光を帯びた瞳が睨んでいた。
う゛……。
思わず、半歩退いて翡翠は幸鷹の顔をまじまじと見た。
状況がよく飲み込めない。幸鷹の口許にうっすらと浮かぶ微笑み。しかし、目は笑ってはいない。
「幸鷹……何か問題でもあったのかな」
「いえ、お前は満足したのですね」
「幸鷹は……良くなかったというのかい」
「はい、ちっとも良くありませんでした」
翡翠の真っ正面に立ち、幸鷹は眼鏡を指で押し上げる。笑顔は消えていた。
柳眉をつり上げ怒った顔もまたそそる……などと、不謹慎なことを考えつつ、翡翠は幸鷹をご機嫌斜めにさせてしまった原因について思考を巡らせた。
幸鷹とは、四年ぶりに京で再開した。
伊予の国守として赴任してきた少年の幸鷹に海賊の長として会ったのが最初の出会いだった。
八歳年下。元服を済ませているとはいえ、自分から見ればまだまだ子どもだ。
女どもが「可愛い」と大騒ぎをする整った面立ちの少年は、海賊の長である翡翠に自分の策の是非を問う。
不正を絶対に許せぬ純粋でまっすぐな気性。
ただ前だけを見つめ、進もうとする強さ。
面白い男だと思った。
だが、そのピンと張りつめた糸は今にも切れてしまいそうな、そんな危うい空気をを纏う少年。強く惹かれた。
そう、性愛の対象として。
汚してみたい。
その清らかさは、抱いてしまえば泡末のように消えてしまう儚いものなのだろうか。
興味があった。
だが、その清麗さは、情を交わした後も色褪せることはなかった。
そして、四年たった今も変わらない。
それは、思い過ごしではない。
が、あのころは、伊予での君はもう少し可愛かった。それも、たぶん間違いない。
「君を不快にさせてしまったのなら、申し訳なかったね。だが、私にはその理由がわからないのだが」
努めて冷静に、余裕の笑みを浮かべてみせる。
「四年前に比べて随分と身勝手になったように思います。お前は一人で楽しみましたね」
毅然とした薄茶色の瞳に見据えられる。その眼光の迫力に一瞬気圧された。
確かに、今から思えば少々身勝手だったことを思い起こす。
自分の快楽を追い求めることを最優先にしてしまった。
「すまなかったね、幸鷹。その償いをこれからさせてくれたまえ」
細い腰に手をまわし引き寄せてみる。
拒絶はない。
「わかりました。一度だけチャンスを差し上げます」
ちゃんす?
また聞き慣れない言葉だ。たまに意味不明の言葉を口にする、幸鷹の悪い癖だ。
だが、自分の提案をのんでくれたことは間違いない。
翡翠は、抱き寄せる腕に力を込めた。
「では、参りましょうか。可愛い人」