042:○○さま[花+紫]
今日は、物忌みの日。
おとなしく紫姫の館から一歩も外へ出ることは許されない。
普通ならば前の晩に、文を書き八葉の誰かにそばにいてもらうことになる。
でも、花梨は年頃の女の子。一日中異性と部屋に閉じこもっているのも疲れると気乗りしない日もある。
そんな時は女同士で気楽におやつをつまみながら、リラックスしたい。
「ごめんね紫姫はいそがしいのに、私の相手をさせちゃって」
「神子様、優しいお気遣いありがとうございます。神子様こそ毎日お疲れではないでしょうか」
「うん、大丈夫だよ」
と、盆にのせられた干し柿にパクついた。
紫姫をつられて、干し柿に手を伸ばす。
八葉の殿方といっしょではこうも気楽におやつにパクつけない。
ここは花梨の元いたところではない。甘いものといえば、果物か果物を干したものくらいだ。
ああ、チョコレートが、シュークリームが、メロンパンが懐かしい。と花梨はため息をついた。
「昨晩はなぜ、八葉のみなさまをお呼びにならなかったのでしょうか」
「うん、たまには女同士でお話をするのもいいかと思って」
「まあ、さようですか。私に神子様のお話のお相手が務まるのか不安ですが」
「いいの。いつも通りで」
「ありがとうございます。神子様」
「あの、その神子様というのはどうにかならないかしら」
「まあ」
縁姫は口許に指をあて、困ったような表情を花梨に向けた。
「『さま』なんて、偉そうで私の柄じゃないし」
「でも神子様は神子様ですし、他になんと及びすれば良いか」
おろおろしはじめた紫姫に花梨は慌てた。
「あ、縁姫が気にしなくていいよ。私も馴れてきたし」
「大丈夫でしょうか?」
紫姫は少しほっとした笑顔を向けた。
かわいい……と花梨は思う。
まだ十歳とは思えない落ち着きと大人びた雰囲気をもっている少女だ。でも、ふっと見せるこんな笑顔は年相応だ。
「ごめんね、こちらでは『様』づけは普通なのよね。私のいた世界では『様』なんかつけることなんてほとんどないわ」
「では、身分の高い方をお呼びするときはどのようにされているのでしょう」
「身分の高い低いって無いんです。もちろん学校では先生と生徒、先輩後輩というのはあるし、会社なんかも上司と部下とかもあるんだけど、身分の高い低いとは違うの。歳が上か下かだから。だから『様』はつけないよ」
「それはそれで、良い世界でございますね」
そうね……と思いつつ、白湯をすする。
そういえば、幸鷹さん、自分より歳のずっと上の翡翠さんや頼忠さんを平気で呼び捨てているのに、彰紋くんのことは「彰紋様」なのよね。と、何げに偉そうな幸鷹を思い出し、花梨はくすりと笑った。