040:テレビジョン[翡+幸+花]
二人の白虎と花梨は紫姫の館への帰り道をゆっくりと歩く。
今しがた日が暮れたばかりだ。
西の空はほんのり明るい。
たぶん、紫姫の館に着くころにはしっかり暗くなっているだろう。
「ここは、本当に私のいた世界とは違います」
遠くの風景を眺めて花梨は言った。
「神子殿は特にどういったことに、違いを感じられますか」
天の白虎幸鷹が訊いた。
「たとえば、こうして日が暮れるとただ暗くなりますよね。でも、私の世界では道には所々明かりがあって、街は眠りません。もちろん人のあまり住んでいない山のなかとかは真っ暗ですが」
幸鷹は身を乗り出した。
「神子殿。私の夢はこの京の街を夜も明るくすることなのですよ。でも、誰も本気にしてくれないのです」
じっと、二人のやりとりを訊いていた、地の白虎翡翠はさらりと髪を掻き上げて言った。
「ふん、夜をわざわざ明るくするのかい。それは無粋だね。明るければ月も星も美しさを失う。そうは思わないかな、可愛い姫君」
花梨は、翡翠を見てにっこり笑った。
「ええ、その通りだと思います。私も京に来て、月や星がどれほど美しいかを知りましたから」
「それはそうなのですが、暗い道は夜盗が出やすく危険です。街の人たちが少しでも安全に生活ができることが一番と私は思うのです」
「それならば、分けてしまえばいいと思います。明るい安全な道と、暗くて綺麗な月や星を眺められるところとを」
翡翠はその花梨の柔軟な発想に、感心する。
「それは良い考えだね、神子殿」
「あと、家の中は夜になっても、明かりをつければ昼間のように明るいんですよ。だから、みんな夜更かしです」
二人の白虎が目を丸くする。
「夜遅く何をやっているのですか? 神子殿は」
幸鷹は軽く眼鏡を持ち上げて訊いた。
「ええ、学生だから一応宿題とか勉強しなくちゃいけないし、時間があればテレビを見たり」
「てれび? それはどういったものなのかい?」
翡翠の疑問にどう説明しようかと、花梨は思案する。
「ええ、こんな箱みたいなものに色々な人が見えて……たとえば、今、幸鷹さんと翡翠さんがそこで立っているのを風景ごと箱に入れたように見えて……でも、実際は入っていなくて見えるだけ。それで、家にいながら、たとえば遠くにいる幸隆さんが何をしているかを箱に映したり、伊予で船に乗っている翡翠さんが、京の街で見ることができたり…そんなものを映す箱なんです」
「面白いけど、難しいね。神子殿の世界の話は」
ちっとも要領を得ない花梨の説明に、翡翠は眉を寄せ難しい顔をしている。
一方幸鷹は神子の話に目を輝かせ興味深げに聞いていた。
「それはすばらしく便利そうですね。たとえば、院の奥深く機知に富んだお話を、京……いいえ、この国中の人たちが同時に聞くことができるということですね」
「ええ、そうなんです。幸鷹さん」
理解してもらえて嬉しくて、花梨は胸の前で両手のひらをぱちんと合わせた。幸鷹と花梨はしばし見つめ合う。
そんな二人の様子に、翡翠は不満そうな表情だ。
「別当殿には神子殿の話がよく通じているようだ。まったく妬けるね」
ふふふ……と意味深に笑う翡翠に、幸鷹と花梨は思わず頬を赤く染めた。
このときばかりは、夜がちゃんと暗いことを感謝した二人だった。