128:渦[レム+ゼネ]
破壊され、がれきの山となったリベルダムに、かつての華やかで美しかった自由都市の面影は無かった。スラムとて例外ではない。幸いにも屋内が致命的に荒らされなかったので、こうして酒場は営業は続けられている。
酒場の親父は「スラムはもともとボロだったからな。破壊されたといってもあまり変わってねえか」と二人の冒険者に酒の入ったジョッキを差し出した。
一人は大雑把そうな印象のがっちりした男で、久しぶりにその姿を見せたがもともと酒場の常連客だ。名をゼネテスといった。
もう一人は初めて見る顔で、スラムの酒場にはおよそ似つかわしくない神経質そうな青年だった。ゼネテスは「冒険者レムオンだ」と親父に紹介をする。しかし、冒険者には見えない貴族然とした容姿の持ち主だ。
「何だと?」
静かに酒を飲んでいたレムオンの素っ頓狂な声が酒場に響いた。
レムオンはゼネテスの顔を凝視し、しばし絶句した。
「ふーん。その顔、お前さんまったく気づいていなかったようだな」
ゼネテスは愉快そうに笑った。
「もし、それが公になっていたら俺は反逆者ということで粛正されていたのは間違いないな」
レムオンは眉間にしわを寄せジョッキに口をつけた。
「まあな、兄貴が守る王都をアンギルダンのとっつあんとと一緒になって攻めて何をするつもりだったんだか。ロストールへと侵攻する前に撤退させたからいいようなものだが、あのままロストールの城門を破っていたらどうしたんだろうな。兄貴に刃を向けるつもりだったのかね」
「考えたくもない」
「確かに、並みの感性では考えられない。しかも、あの戦いのあと、何食わぬ顔でノーブル伯としてリューガ邸にも出入りしていたしな。もっとも、お前さん達に血のつながりなんて無いってことは最初っからバレバレだったがな」
「俺は……ダルケニスだということがバレそうになり、父親が正妻以外に生ませた子どもが自分ではなく、あいつであるとでっち上げた。あいつの意思など聞かずにノーブル伯爵に仕立て上げたんだ。利用されただけなのだから、俺に義理立てる理由は無いだろう」
レムオンは吐き捨てるように言った。
「そう自虐的になりなさんなって。……お前さんのことなど、どーでも良くてとっつぁんについたわけでも、裏切ったつもりもないだろうから」
「では、何を考えていたんだ?」
「そん時、守りたかった人間、助けたいと思った人間についていただけさ。たぶん、深くは考えていないじゃないか? 直感的な根拠で動いているに過ぎないだろう」
「まいったな」
「終わりよければすべて良しと言うだろう。少なくても俺は、あの時あいつがとっつあんの傍にいて、とっつぁんを守り抜いてくれたことに感謝しているぜ。もし、俺についてロストール防衛に参加していたら、俺は間違いなくとっつあんを殺していただろうからな。……それは、もう二度ととっつぁんと一緒に酒を飲めないってことなんだ」
「そうだな……」
レムオンは先日紹介されたばかりの赤い鎧の元ディンガルの老将軍を思い浮かべた。
水の巫女イークレムンの実父。ゼネテスとは冒険者つながりで知古であるという。ゼネテスは息子のようなものだという。そして、レムオンを見てもう一人息子が増えたと豪快に笑った。
ロストールの貴族社会に馴染めず、父であるノヴィンにに対しても余所余所しかったゼネテスが慕う理由がわかったような気がした。
「あいつは、本当の意味ですべてのしがらみから自由なんだ。うらやましいぜ」
誰よりも自由に見えたゼネテスの意外な発言。
レムオンにはなんとなくわかるような気がした。ゼネテスは自由気ままな冒険者として大陸中を渡り歩いていた。だが、ロストールという国の危急時には全力をあげて国を守ろうと駆けつける。
それは、彼が第一優先で守りたい者、すなわち彼の存在はロストールという国と強固に繋がっていることに他ならない。
あの無限のソウルの持ち主はどうだろうか。国や種族すべてを越えた価値観の中に生きている。どのような渦中にあってもそこから自由なのだ。
たぶん、そういうことなんだ。そのことを理解した。
それ故一抹の不安も感じる。目を伏せそれをぽつりと口にした。
「その自由さは……利用されやすいな」
「へえ、レムオンの旦那、わかっているじゃないか」
ゼネテスのからかうような口調に、レムオンは少し不機嫌そうにちらりと横目でゼネテスを見る。
「無限のソウルの持ち主も、勇者も、英雄も墜ちるときはあっと言う間だ。特に深く考えず直感で動こうとするあいつは利用しやすいと思われやすい。その力が巨大なだけに危険だ」
「そん時の為に俺達仲間が、お前さんがいるんだろう」
ゼネテスはにやにやと人の悪そうな笑みを浮かべている。
――だから、お前さんは必要とされているんだ。
暗にそう言われたことに気が付いて、レムオンは照れくささにゼネテスから視線を外しジョッキの酒を一気に干した。