<div class="boxp"> <p>その夜、いつまでたってもシグルドが帰ってこなかった。</p> <p class="i0">「まだ連絡つかないのか？」</p> <p>少し苛ついた様子で、ラムサスが訊いてきた。</p> <p>ヒュウガは人差し指で眼鏡をくいっと上げてラムサスの顔を見た。</p> <p class="i0">「携帯の電源おとしているみたいですね。どうします？ まだそんなに遅くないし、子どもではないのですから心配しなくても大丈夫かと思うのですが」</p> <p class="i0">「そうなんだが、今まで、夕食前までに帰ってこないときは必ず連絡をくれただろう。あいつはまだ普通の身体じゃないんだから、投薬の時間だって」</p> <p>ラムサスは腕を組み、眉間にしわを寄せた。</p> <p>ヒュウガはそんなラムサスの顔を見上げて、くすりと笑う。</p> <p class="i0">「帰ってくるのを確認しないと心配で眠れないですかね。……それならば、探しに行きますか？ ソラリスはそんなに広くないですから危険なところや変なとこ紛れ込んだり……というか、あの人閉塞的空間苦手なので、下水とかに入ったりしませんよ。たぶん街のはずれあたりにいるんじゃないかな」</p> <p class="i0">「ああ、探しに行くか。まったく、世話かけさせやがって」</p> <p class="i0">「ちょっとまってくださいね、すれ違いになったときのために、伝言だけ置いておきます」</p> </div> <div class="boxp"> <p>エテメンアンキのはずれに人通りの少ない路地があった。</p> <p>小さなカフェのドアが目に入った。</p> <p>ここは前に先輩に連れられて来たことがある。</p> <p>酒もあるが、ケーキやアイスクリーム類がメインで数も豊富だ。甘党のシグルドが大喜びしていたことを思い出す。</p> <p>ヒュウガとラムサス、二人顔を見合わせ頷いた。</p> </div> <div class="boxp"> <p>ドアを開け、店内をざっと見まわした。</p> <p>カップルや、若い女性グループが客の大半だった。</p> <p>ユーゲントの上級生らしき女の子たち七人のグループが目に入った。</p> <p>そのグループをじっと見れば、銀色の髪がテーブルに乗っかっている。</p> <p class="i0">「シグルド？」</p> <p>ラムサスが駆け寄った。ヒュウガもその後に続いた。</p> <p>シグルドは女の子たちに囲まれ、テーブルの上に突っ伏していた。</p> <p>女学生たちが急にざわめきだした。</p> <p>かけよったユーゲントいちモテる男、カーラン・ラムサスに視線が一斉に集まっているのだ。</p> <p>彼女たちのうちの一人がぽつりと言った。</p> <p class="i0">「かわいい」</p> <p>もっとも、ラムサス本人はそんな彼女たちが何を口走ったかなど気が付いていない。というよりも、彼女たちなど目に入っていないといったふうで、シグルドの側に近づくと身体を揺すった。</p> <p class="i0">「シグルド、おい、大丈夫か？」</p> <p>その様子をじっと見ていたヒュウガはにっこりと笑って、女学生たちに訊いた。</p> <p class="i0">「すみません、私たち、シグルドのルームメイトのヒュウガ・リクドウと、えと彼はご存じでしょうけれどカーラン・ラムサスといいます。いったい何があったのか、説明いただけますか？」</p> <p>女の子たちの一人が答えた。</p> <p class="i0">「ええ、私たちよくここへ来るんです。最近、一人でガトーショコラを食べているシグルド君に頻繁に会うようになって、なんとなく話しをするようになったんです。それで、今夜はちょっといたずら心で、甘いカクテルをジュースだと偽って飲ませてしまったんです。そういしたらいきなり、ばたりと寝てしまって。もう少し経って起きなかったら、寮に連絡しようと思っていたところでした。大丈夫かしら」</p> <p class="i0">「そういうことですか。心配ないと思いますので、後は私たちに任せてください」</p> <p class="i0">「ええ、わかりました。でも、よかったわ。後はよろしくお願いします」</p> <p>そう言って、女の子たちは皆帰っていった。</p> </div> <div class="boxp"> <p class="i0">「どうしますか？ カール」</p> <p>ラムサスはシグルドの身体をソファーに横たえて、胸を開けてやりながら、顔を上げた。</p> <p class="i0">「どうするって、熟睡状態のこいつを二人で運ぶのは難儀だろう。目が覚めるまで待つしかあるまい」</p> <p class="i0">「確かにそうですねぇ。今起こすのもかわいそうですしね」</p> <p class="i0">「まったく、そんなに甘いもん食いたければ、俺達を誘えばいいのに」</p> <p class="i0">「恥ずかしかったんでしょう。さて、何も注文しないわけにはいかないのですが、何を頼みますか？ 酒もありますよ」</p> <p>ヒュウガはメニューを手渡した。</p> <p>メニューの写真をぱらぱらとめくってラムサスは言った。</p> <p class="i0">「うーん、シグルドの気に入っているらしいガトーショコラとかいうやつを頼んでくれ」</p> <p class="i0">「はい、私もそれにします。あとはコーヒーでいいですね」</p> <p class="i0">「ああ。にしてもいったいいつ起きてくれるんだろう」</p> <p class="i0">「さあ……、下手すると閉店ぎりぎりになってしまうかもしれませんね」</p> <p>ラムサスは大きなため息をついた。</p> <p class="i0">「あきらめるか」</p> <p class="i0">「ええ、これで明日の講義はサボリ決定ですね」</p> <p>ヒュウガは楽しそうに笑った。</p></div> <div><img src="http://xeno.s-kyanite.com/ds/dsw.cgi?p=n&&md=i&&pg=365077" alt="" width="1" height="1" /></div> <script src="http://www.google-analytics.com/urchin.js" type="text/javascript"></script> <script src="http://xeno.s-kyanite.com/js/google_ana.js" type="text/javascript"></script>