<div class="boxp">
<p>アクヴィエリア。</p>
<p>崖に立ち青い海を眺めた。</p>
<p>白い波頭が岸壁に打ち付けられ、くだけていく。</p>
<p>海の日差しは強烈だ。</p>
<p>海面で乱反射した光が目に刺さる。その眩しさにジェサイアは目を眇めた。</p>
<p>ガゼルはもともと太陽光に弱い。</p>
</div>
<div class="boxp">
<p class="i0">――おまえの瞳は特に紫外線に弱い。外へ出るときはコンタクトかサングラスを忘れるな。</p>
<p class="i0">――それは、あなたも同じよ。</p>
<p class="i0">――まったく、ガゼルってモンは劣性人種だな。</p>
<p class="i0">――同感よ。地上にいるとつくづくそう思うわ。</p>
</div>
<div class="boxp">
<p>妻とかわした何気ない会話を、妻の笑顔を思い出していた。</p>
</div>
<div class="boxp">
<p>守れなかった。</p>
<p>守りたかったのに。</p>
<p>そんな俺を彼女は鼻で笑い飛ばすだろう。</p>
<p>傲慢だと。</p>
</div>
<div class="boxp">
<p class="i0">――子どもは私が守る。だけど、あなたに私を守ることはできない。私を守れるのは私だけ。覚えておいて、あなたが干渉できる他人の人生なんて無いのよ。私も含めてね。</p>
</div>
<div class="boxp">
<p>俺は、俺の道を行くしか無かったのだ。</p>
<p>それでも、守れなかったのは俺の罪だ。いやそう思いたかった。</p>
</div>
<div class="boxp">
<p>あの男も死んだ。</p>
<p>生まれて初めて出会った親友と呼べる男だった。</p>
<p>立ち止まるな、振り返らずに前へ進めと。</p>
</div>
<div class="boxp">
<p>何人も目の前で死んでいった。</p>
<p>俺はそうして、罪を重ねていく。</p>
</div>
<div class="boxp">
<p>娘は言葉を失った。</p>
<p>何もまともに見えちゃいない息子は、あの男に心酔している。</p>
<p>そして、俺が父親であることを信じてはいない。</p>
<p>今は何を言っても無駄だ。</p>
<p>すべて、自分にくだされた罰ならば、甘んじて受けるしかない。</p>
</div>
<div class="boxp">
<p>それでも、恐れず生きろとラケルは言うだろう。</p>
</div>
<div class="boxp">
<p class="i0">「ジェシー先輩……」</p>
<p>背後からのよく知った声に振り返らずに応えた。</p>
<p class="i0">「なんでぇ、シグルドか。副長が持ち場を離れていいのか?」</p>
<p class="i0">「俺だって、たまには陸に上がりますよ」</p>
<p>ジェサイアは振り返りシグルドの顔を見る。</p>
<p class="i0">「まあ、おまえはあまり変わらんな」</p>
<p>シグルドは笑った。</p>
<p class="i0">「先輩は、変わりましたね。ヒュウガに指摘されなければ先輩だって気が付きませんでしたよ。もっとも変わったのは人相だけみたいですが」</p>
<p>ジェサイアは鼻を鳴らした。</p>
<p class="i0">「まったく、冷てぇ後輩だよ。もっとも息子も俺が父親かどうかって疑ってやがるんだから、無理もないか」</p>
<p class="i0">「ビリーは、昔からラケル先輩似だと思っていましたが、娘さんに会ってもっと驚きましたよ。ラケル先輩そっくりなのに」</p>
<p>ラケル……。</p>
<p>他人の口から発せられるその名は、鋭く胸に突き刺さる。</p>
<p class="i0">「ジェシー先輩?」</p>
<p>呼ばれて我に返れば、シグルドが顔を覗き込んでいた。</p>
<p class="i0">「すみません、俺……」</p>
<p>ジェサイアはにやりと笑った。</p>
<p class="i0">「まあ、あれだ……」ジェサイアは頭をぼりぼり掻く。「今、ラケルがいれば喜んだだろうな。おまえにずっと会いたがっていた」</p>
<p class="i0">「俺も……本当に会いたかったです」</p>
<p>ジェサイアは黙って空を仰いだ。</p>
<p>さっきまで晴れていたはずの空は、一面雲に覆われていた。</p>
<p>シグルドもつられて空を見た。</p>
<p class="i0">「おや、曇ってきましたね。降られる前に、そろそろ戻りましょう」</p>
</div>
<div class="boxp">
<p class="i0">――せっかく、ソラリスには無い明るい太陽光の下にいるのに、地上の日差しは疲れるわ。こんな曇りの日はほっとするの。陽の光が苦手なんて、私たち、まるで罪人のようね。</p>
</div>
<div class="boxp">
<p class="i0">「ラケル……」</p>
<p>ジェサイアはシグルドに聞こえぬほど小さな声で妻の名を呼び、黙祷した。</p>
</div>
<div class="hosoku">
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</div>

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