<div class="boxp"> <p>最近、ジェサイアは頻繁にヒュウガの部屋を訪れていた。</p> <p>特に、何を話すわけでもない。</p> <p>むしろ、この部屋の主の存在を無視しているようにさえ見える。</p> <p>勝手に一人で酒を飲んだり、時には愛用の銃の手入れをしたり。</p> <p>後輩も馴れたもので、特に話しかけるようなこともせず、本に目を通したりギアの設計図に目を通したり。</p> <p>二人、同じ空気を吸いながら、別の世界の住人のようだった。</p> <p>いや、本当はお互い相手に伝えるべき言葉があるのだ。</p> <p>交わしたい思いもある。</p> <p>それなのに、それを口のするためのきっかけが掴めない。</p> <p>今夜こそと思いつつ、この日まできてしまった。</p> <p>ジェサイアは家族を伴い、明日にはここ〈ソラリス〉を離れる。</p> <p>そんなことは、一言もヒュウガに話してはいない。それでも、この賢い後輩はすべてお見通しなのだろう。</p> <p>だが、ヒュウガは気づいているそぶりは見せない。</p> <p>ジェサイアも確認しない。</p> </div> <div class="boxp"> <p>黙ってグラスに酒を注ぎ足すジェサイアの手元に、すっと空のグラスが差し出された。</p> <p>顔を上げると、闇色の瞳がジェサイアをじっと見つめていた。</p> <p class="i0">「私にも、少しいただけます？」</p> <p>ジェサイアは黙って、酒を注いだ。</p> <p>酒を注ぐジェサイアの手元を見つめていたヒュウガが言った。</p> <p class="i0">「先輩、私の望みをを一つきいてくれますか？ そうしたら、私も先輩の望みを一つききますよ」</p> <p>妙なことを言う。</p> <p>ジェサイアは怪訝な表情でヒュウガの顔をまじまじと見た。</p> <p class="i0">「なんだ、いきなり。だが、できることとできないことがあるぞ」</p> <p>ヒュウガは、くすりと笑った。</p> <p class="i0">「それは、お互い様でしょう。良識の範囲でね、先輩」</p> <p>たぶん、きっかけを与えられたのだ。</p> <p>ジェサイアは後輩の気遣いに苦笑した。</p> <p class="i0">「わかった」</p> <p class="i0">「まずは先輩から、どうぞ」</p> <p>ジェサイアは大きく深呼吸を一つしてから、ヒュウガの顔を真っ正面にとらえて言った。</p> <p class="i0">「ここ〈ソラリス〉にいろ。逃げようなどと考えるな」</p> <p class="i0">「は？」</p> <p>ヒュウガはきょとんとした表情でジェサイアを見つめ返した。</p> <p class="i0">「だから、おまえはしがみついてでもここにいて、最高権力にもっとも近いところまで昇りつめるんだ。おまえにならできるだろう」</p> <p>ヒュウガは目を伏せ小さく笑った。</p> <p class="i0">「最後まで、身勝手な人だな」</p> <p>過酷な要求だということはわかっていた。</p> <p>こんなこと言えた義理ではない。</p> <p>自分が、ソラリスから離れざるを得ない状況になってしまったことは、はたして、単純なミスなのだろうか。それとも、ここ〈ソラリス〉にいることが耐え難く逃避を正当化するために無意識がおこさせたミスだったのだろうか。</p> <p>わからない。</p> <p>それを考えても堂々巡りを繰り返すばかりだった。</p> <p>そして、そうである以上、この後輩に託すしかないのだ。</p> <p>だから、もう一度強く問う。</p> <p class="i0">「わかったな」</p> <p>ヒュウガは「はい」と答え立ち上がる。そして、ジェサイアの前に歩み寄り両肩に手をのせ静かに見下ろした。</p> <p class="i0">「では、今度は私の望みを」</p> <p class="i0">「お手柔らかに頼む」</p> <p>見上げるジェサイアにヒュウガはいつものあいまいな微笑を浮かべた。</p> <p class="i0">「必ずご無事で。……あなたも、あなたのご家族も」</p> <p>アイスブルーの瞳が大きく見開かれる。</p> <p>寂しさを湛えた闇色の瞳が静かにジェサイアを見つめていた。</p> <p>黙ったままのジェサイアに「どうしました？」とヒュウガは返事を促した。</p> <p>ジェサイアは「ああ」と答えると目を閉じた。</p></div> <div><img src="http://xeno.s-kyanite.com/ds/dsw.cgi?p=n&&md=i&&pg=365021" alt="" width="1" height="1" /></div> <script src="http://www.google-analytics.com/urchin.js" type="text/javascript"></script> <script src="http://xeno.s-kyanite.com/js/google_ana.js" type="text/javascript"></script>