211:イヤイヤ[ビリ+プリ+ジェシ]
プリメーラは言葉で意思を表現できない。ジェスチャーで伝えようとする。問いかけに対し、首を縦に振っての「はい」か、横に振っての「いいえ」を基本として、それに微妙な表情が加わり複雑な感情を表現しようとする。
ずっと一緒にいた。大切な守るべき妹なのだから、誰よりも自分はプリメーラの気持ちを理解しているのだとビリーは思っていた。
久々の休日。孤児院の子どもたちとピクニックへ行くことになった。
ところが、その前日プリメーラが熱を出した。延期しようと言うビリーにプリメーラは首を横に振った。庭で遊ぶ子ども達を指さして何かを訴えようとする。
「わかっているよ。みんな楽しみにしていたって言いいたいんだね」
プリメーラはこくんとうなずいた。
「プリムは行けないだろう? プリムを一人で置いていけない」
プリメーラは口をへの字に曲げ首を横に何度か振ると、不満そうに別方向を指さした。父親の部屋だった。
ビリーは嘆息する。
「親父が一緒だから大丈夫だって? あの親父に任せるのはどうも心配で気が乗らないな」
ぽつりと言って、プリメーラの顔を見れば、困ったように薄紅色の瞳がじっとビリーを見つめていた。
プリメーラは親父であるジェサイアに懐いている。ビリーは母や子どもを守れなかったような男を父親とは認めていない。プリメーラが言葉を失ったのは親父のせいなのだ。でも、そんなビリーと親父との関係が、プリメーラを悲しませている。理解はしているのだけれどどうしようもなかった。
ピクニックの日は天気にも恵まれた。喜ぶ子ども達を眺めながら、来てよかったとビリーは思う。プリメーラをつれてこれなかったことは本当に残念だったけれど。
丘には綺麗な花が咲き乱れていた。
――そうだ、プリムの為に花を持って帰ってあげよう。
花を瓶に生けて枕元においてあげるとプリメーラは本当に喜んでくれた。にっこりとした笑みを浮かべた。
それから、咳が残り、なかなか体調がよくならないプリムの為に、ビリーは丘にある花畑に寄って花を摘んだ。
でも、プリメーラはあまり喜ばなかった。困ったような表情でそれでも微笑んで、首を小さく横に振っただけだった。
おかしいな? この花はあまり好きではないのかな。
「明日は、別の花を持ってきてあげるね」
そう言い、ビリーはプリムの頭を撫で部屋を出た。
翌日、別の花を手に孤児院へと戻るが、やはりプリメーラは横に首を振った。
次の日も、次の日も。
プリメーラが好きだったのはどの花だったのだろうか?
ビリーは首を傾げた。
仕方なくその日は、なるべく多くの種類の花を摘んだ。一つくらいプリメーラの好きな花があるだろう。
ビリーの腕に抱えた花束を見て、プリムは首を強く横に振った。
イヤイヤと。
「どうしたの? プリム。何が気に入らなかったの?」
つい感情的になるビリーの声にプリムは、今にも泣き出しそうな表情で見上げた。
そこへ部屋のドアが開き、ジェサイアがどたどたと騒々しく入ってきた。
「大声出して、プリムが怯えるだろう、このバカ息子」
ジェサイアはビリーの腕の中の花束と、プリメーラの顔を交互に見る。嘆息してプリメーラの頭に手を置き、しゃがんで目線を会わせて言った。
「大丈夫だ、プリム。あの丘の花は、ビリーが取れるだけ取ってきても、無くならないくらいたくさんあるさ。プリムの風邪が治って、一緒に花を見に行けるようになっても、まだまだいくらでも咲いている」
プリムは父親を見上げた。その瞳は「ほんとうに?」と訊いている。
「ああ、本当だ」
ジェサイアはプリメーラの頭を撫で、ビリーをじろりと見た。
「まったく、このタコが。そのくらい気付よ。プリムはおまえが花を摘んでくることで、花が全部なくなってしまうのではないかって心配しているんだよ。本当はおまえと一緒に咲いている花を見に行きたいんだよ」
「あ……?」
プリムを見れば、薄紅色の瞳が語っている。
――そうなの。
ジェサイアを見れば面白がるようにニタニタ笑っている。
むっとするが、反論できなかった。
「というわけだ。ばか息子がヒステリー起こす前に消えるか」
そう言いながらジェサイアは部屋を出た。
閉まるドアを見つめ、ビリーは大きく息を吐いた。
「ごめんよ、プリム。気がつかなくて。風邪が治ったら二人で花を見に行こうね」
プリムは首を振らずに少し困った顔をした。その表情に今度こそプリメーラが何を思ったのかビリーは理解した。
「あ、そうそう。まあ、親父もたまには誘ってやるか。仕方ない」
プリメーラは、嬉しそうに微笑んだ。