148:親子[ビリ+ジェシ+プリム]
「僕の妹から離れろ」
「お前にとって確かに妹だが、俺にとっては娘だ。息子のてめーに指図されるようなこっちゃない」
「息子だと? あんたが僕の親父だなんて認めちゃいないからな。親父はもっと物静かで思慮深い人だった。あんたみたいにちゃらんぽらんで、下品な人間じゃなかったさ。人相だって……」
「そりゃ、過去を美化しすぎだな。人相はともかく俺は昔っから変わらんさ」
違う、かあさんが愛した男はこんなやつじゃない。
ビリーはプリメーラに向かって手を差し出した。
「こっちへおいで、プリム」
でも、プリメーラはジェサイアにへばりついたまま動こうとしなかった。
「おまえがどう思おうと勝手だが、プリムが俺を父親だと認めたのならそれはプリムの意思だ」
「プリム、何故わからないの? その男はプリムのパパなんかじゃない。余所のおじさんなんだ!」
つい語調が荒くなった。
プリメーラはぴくりとする。目を丸くして少し怯えた表情をした。
しまったと思うが遅かった。
後ずさり、父親の背中に隠れるようにして腕を掴み首だけをひょっこりだした。
ぶんぶんぶん……。
首を横に何度も振っていた。
――パパなの。
言葉を失ったプリメーラの薄紅色の瞳がそう訴えていた。
ビリーはプリメーラから目を逸らし、くるりと背を向けた。
腹立たしかった。悔しかった。哀しかった。
認めてなんかいない。あれは、父親などではない。
でも、あれは間違いなく父親だということを知っていた。
知ってはいるけど、母を守れなかった男など一生父親だとは認めてやらない。
そうさ、あの時親父はふらふら放浪していたのだ。目的が何であったかったかなんて関係ない。
母を守ることができなかった事実をどのような理由を並べたとしても、許せるはずはない。
プリムがしゃべれなくなったのはあの親父のせいだ。
かわいそうなプリム。
あんな親父のために。
だから、必死でプリムを守ってきた。
プリムのためになら、何だってできた。
いつか、プリムが言葉を取り戻し自分の名を……おにいちゃん……と呼んでくれる時まで。
それなのに、今頃のこのこ帰ってきたあんなやつに何故懐くんだ。
孤児院近くの崖からは海を一望できる。
ビリーは一人そこに腰をおろし膝を抱え海を眺めていた。
波の音はささくれた神経を癒してくれる。
頬を掠める潮風が心地よく、ビリーは空を仰ぐと大きく息を吐いた。
背後に小さなけはいを感じ振り返る。
「プリム?」
プリメーラは心配そうな表情でぽつんとそこに立っていた。
どんなにプリムが懐いてもあの男を父親だと認める気はない。
でも、父親を欲しがるプリムから父親を奪う権利はないのだ。
ビリーは小さなため息一つついてから、プリメーラを安心させるように微笑んだ。
心は平静さを取り戻してきたけど、大丈夫だろうか。ぎこちない笑顔でプリムをまた不安にさせたりしなかっただろうか。
「ごめんよ、プリム。いやな思いをさせて」
そう言いながら立ち上がりプリメーラの方へ歩いていくと正面で向かい合った。
二人の間を潮風が通り抜けていく。
「そろそろ孤児院に戻らないと子どもたちが心配するね」
プリメーラはビリーの手をぎゅっと握って小さく笑んだ。
その小さな手のひらの温もりと、笑顔にほっとする。
ビリーはプリメーラと手を繋ぎ孤児院への帰り道を急いだ。