213:アクシデント[ジェシ*ラケ]
恋人の部屋で見つけた試薬らしきもののパッケージにジェサイアは指を伸ばした。
一つに纏めていた髪をばさりと下ろしラケルは振り返った。
「何って、字読めない? 妊娠判定薬よ」
頭の中が真っ白になり、一瞬絶句する。そして、恐る恐る訊いた。
「妊娠したのか?」
「判定薬の反応を見るとその可能性は高いわね。明日にでも専門医の診察を受けてくるわ」
ジェサイアはラケルの前まで歩いて真っ正面に立った。肩を掴む。
「何故?」
かなり間抜けな質問だった。
ラケルはどちらかというと冷ややかに笑った。
「何言っているのよ。やることやって、やるべきことしなければ妊娠もするでしょうね」
思い当たる節はいくつもある。
「おい、何そんな大切なこと黙っていたんだよ。おまえだけの問題じゃないだろう。俺の問題でもあるんだ」
「妊娠していると診断され、DNA鑑定で間違いなくあなたの子どもだとわかればね。でも、まだ決まったわけじゃないし、はっきりするまでは私だけの問題よ」
「といったって、俺の身内とかおまえの身内とか、おまえの将来の問題とか……色々考えないといけないことがあるだろう。今まで通りってわけにはいかない」
ラケルは腕を組みあたふたとするジェサイアを、ぎろりと睨み付けた。
「もう、だから嫌だったのよね。はっきりするまであなたに知られるのは。判定薬のパッケージ片づけておかなかったのはミスだったわね」
「おい、ラケル。俺に関係ないみたいな言い方するなよ」
ラケルは大きく息を吐く。そして、人差し指をジェサイアの鼻面に突きつけ言った。
「いい? 確かに原因をつくったのはあなたかもしれないけど、妊娠に関して男ができることなんてないのよ。だったら、黙っていてよね。特にはっきりするまでは。はっきりしたら、私の考えを話すわ。私はこの可能性を前々から考えていたけどね。あなたは、あまり考えていないというか、いきあたりばったりのようだったけれど」
言われて反論できなかった。
可能性を考えなかったわけではなかったけれど、どこか人ごとだったのだろう。だから、それが現実として目の前に突き付けられたときに慌てる。
「さてと、私はラボへ行くわね。データ解析がまだ残っているの」
「ああ、……だが、無理するなよ」
振り返りラケルは、笑った。
「それと、あなたにもそのくらいわかっていると思うけど、これはアクシデントでもなんでもないのよ。容易に予想できたことなんだから。しっかりしてちょうだいね。もしかしたら、父親になるのかもしれないのねえ」
「ち、ち……?」
露骨に狼狽えたように反応を返す。ぷっと吹き出すラケルにからかわれたのだと気づいた。
部屋を出るラケルの後ろ姿をジェサイアは「かなわんな」と見送った。