088:ポスター[シタ+フェイ]
砂漠の街ダジル。
ここは、遺跡発掘拠点の一つ。
荒くれ男達が遺跡発掘で一旗揚げようと集まってくる。そんな街だ。
ギアの修理を請け負う教会の工房から漏れる騒音と、それに負けじと大声での会話。
そんな喧騒の街へ二人の旅人が訪れていた。
「ラハンとは比べものにならないくらい賑やかで大きい街だね」
「ここは遺跡発掘拠点ですからね。賑やかですが、街としてはさほど大きいわけではありません」
「そうなんだ。先生、本当にこんなところでギアパーツが手にはいるの?」
「ええ、ここで手に入らないと、少し苦しいですね。フェイ、とにかく宿をとって、それから夕食にしましょう。工房ももう店じまいのようですので、パーツ調達は明日の朝に」
「わかったよ、先生」
宿屋の下のにある食堂というか酒場で夕食をとる。
すでにできあがった酔っぱらいが、盛り上がっている。
ラハンを離れてからはじめてゆっくりと座って食事をとったような気がする。
ほっとしたせいか、どっと疲れが出たのか少々緩んだような表情をフェイは向けた。
「俺一人だったら、どうなっていたかわからないな。先生、ありがとう」
シタンはフェイにとって赤の他人でしかない。
ラハンでは確かに特別に親しい友人のようなものだったかもしれない。が、友人というのは、ティモシーやアルルのことを言うのだろう。
端から見れば、一方的にフェイがシタンを頼る、保護者と被保護者的関係のようなものだ。
だが、フェイはそんなこと深く考えたり悩んだりはしないだろう。
だから、シタンがこうしてついてきてくれたというだけで、安心しきっている。何か裏があるのではなどと疑ったりしない。
フェイは薄暗い酒場の壁に貼ってあるポスターに目を留めた。
「先生……、俺これ壁に絵を飾っているのかと思っていたけど……、なんでこんなに高いんだ? ゼロがいったいいくつ……」
と指を折って数えているフェイにシタンは笑う。
「フェイ、それは装飾用の絵ではなくて、お尋ね者のポスターですよ。ラハンではそういったポスターは無かったですよね。そこに書いてある金額はそのお尋ね者を捕まえてきたときにくれる報奨金ということです」
「え? じゃあ、この顔の人悪いことをしたってこと?」
「まあ、そういったところですね」
「ふーん、ラハンにはそんな人いなかったよね」
「ラハンは犯罪とは縁のない、静かな村でしたからね。でも、大きい町に行けば色々な人がいるし、危険も高まります。何よりも今は戦争中なんですから」
フェイは神妙な表情でシタンを見る。
「俺……本当に世間のこと何も知らないんだな」
「無理も無いですよ。記憶をなくしてからフェイはラハンから外へ出たことは無いのですから。旅をするうちに、嫌でも色々なことがわかってきますよ。今回の旅も良い勉強と思えば無駄では無いでしょう」
シタンの言葉の裏に隠された真意を、フェイはまだ知らない。
結局、フェイはヒトの子として生きていくことを許されなかったのだ。もう、後戻りはできない。
後は、見極めるしか無い。行動を共にして、彼の一挙一動を観察し監視する。
そして、答えを導き出す。
結果的には彼を欺いていくことになる。
顔を上げるとフェイがシタンの顔をじっと見つめていた。
「先生、疲れたの?」
「いえ、大丈夫ですよ」
心配そうに見つめるフェイに優しく言う。
いつもと変わらぬ微笑を浮かべ、フェイを安心させることは容易なことだ。
そんなシタンの返事にフェイはほっとしたように頷いた。
「俺、先生が一緒にいてくれて本当によかったと思っている」
シタンは静かに頷いた。