050:許さない[マリア+ゼファー]
「許さない。父さんを苦しめたソラリスのやつらも、父さんが苦しむのを知っていて見殺しにしたやつらも」
だが、そのソラリスは一瞬にして破壊された。
赤い髪の男。暴走したイド。
復讐の対象は消え、心の大半を占める憎しみも怒りも行き場を失った。
生きる理由を失ったのだ。
しかし、戦いの中少しずつ明らかになってくる真実。
本当に悪いのは誰?
それを倒せばいい。それが生き甲斐となり、決着をつけようと思った。
子どもだったのだ。
闘って闘って、断ち切らねば生きる理由を見つけることはできない。
でも……。
「ゼファー女王、失礼します」
マリアはゼファーの寝室のドアを開け、ベッドの周りを覆う天蓋をそっと手でどけた。
ゼファーはベッドの中で力無く微笑んだ。
「よく来たわね、マリア」
マリアはゼファーの前にある椅子に腰をかけた。
傍にいた看護士が「何かあればお呼びください」と軽く会釈をし、寝室を出た。
「おかげんはいかがですか?」
「気分は悪くないわ」
あの戦いから三年が過ぎた。
世界中に残された深い傷跡。
食料不足、疫病。
覇権争い。
混迷の時はまだまだ続くだろう。
それでも、人類は一歩ずつ歩きはじめたのだ。自らの意思で。
そして、カレルレンに延命処置をされたものたちは普通の時間を取り戻した。
ゼファーも永遠に生き続ける呪縛から解放されたのだ。
それでも、日々弱っていくゼファーを見ることは辛かった。
「忙しいのでしょう? あなたも世界を救った一人ですものね」
マリアは軽く肩を竦めた。
「色々な人が、話を聞きにこようとします。取材と称して。……でも、私、すべてお断りして……逃げ回っています」
マリアはくすりと笑った。
「何故?」
「私はやはり子どもで、力もなくてあの戦いではあまり役には立ちませんでした」
「そのようなこと」
「いえ、本当言うとよく泣いていたんです。一人になると。皆が私を足手まといと思っているのではないかと。くやしくてくやしくて、役に立つのだとわかってもらうために必死でした」
「そのような素振りは見せませんでしたね」
「自分の弱さなど認めていませんでしたから。くやしいけれど、今ならそれを認めることができます」
「大人になりましたね」
マリアは首をゆっくりと左右に振った。
「まだ……女王のご命令果たしていません」
「命令?」
「ええ、自分なりの決着をつけ、生きる理由を自分の手で掴めとおっしゃいました」
あれから、何かがまだマリアの胸の奥でくすぶり続けている。
マリアを縛り付ける鎖。その正体にマリアは薄々気が付きはじめていた。
ゼファーは目を閉じた。
「マリア……私は何百年もこの姿のままでした」
ゼファーはブランケットから白い手を出すと、そっとマリアの前に差し出した。
ゼファーの見た目は少女のままだ。そのまま時間から取り残されている。そして、取り残されたまま生を終えようとしている。
マリアはゼファーの手を握った。
「ゼファー女王」
「女としての悦びも知りませんでしたけど、今はもう、そう悪い人生ではなかったと満足しています。でも、あなたは……決着をつけなくてはいけないもう一つのものがありますね」
「はい」
マリアは頷いた。
「では、もうお行きなさい。そして、今度こそ自分を解放しなさい。まっすぐ前を向いて誰のものでもないあなたの人生を進みなさい」
マリアは女王の指にそっと口づけると立ち上がった。
「マリア」
ドアの前で呼び止められる。マリアは立ち止まり振り返る。
「生きなさい」
凛とした声が部屋に響いた。
静かな夜だった。
赤い炎が少女の瞳に映し出されていた。
燃えさかる炎の中に一体の破壊されたギア。
濡れた頬を拭おうともせず、少女はその炎を見つめていた。
「父さん、母さん……今度こそ静かに休んでください」
祈るように目を伏せる。
再び顔を上げた少女はもう泣いてはいない。
そのままくるりと炎に背を向けゆっくりと歩き始めた。
背中が熱い。
そして、少女はもう二度と振り返ることはなかった。