028:薔薇色[ビリー+プリム+シタン]
女顔だと皆が言う。
母親にだんだん似てくると。
鏡に映った自分の顔。
瞳の色は冷たい氷の青。
これだけは、父親に似た。
あのどうしようもない父親。家族を放ったらかしにしてぶらぶらと世界中を放浪していただらしのない父親。
父親がビリーの元に帰ってきたとき、母親はすでに殺され、小さなプリムは言葉を失っていた。
親父は妻も子どもも守ることはできなかった。
腹立たしかった。父親を憎んでいた。
だが、ビリーは母が愛した父を知らない。
本当の親父など何も知らなかったのだ。
ユグドラシルであてがわれた部屋でビリーは黙々と銃の手入れをしていた。
新聞紙を広げ、その上に銃を並べる。
ヘラで丁寧に鉛カスを取り除きブラシで細かい汚れを落とす。
手垢を柔らかい布で綺麗に拭き取った。
ドアをノックする音に、ビリーは顔を上げ「どなたですか?」と訊いた。
「入りますよ、ビリー」
「先生ですか。どうぞ」
入ってきた男は、皆が「先生」と呼ぶ。だから、ビリーもそう呼んだ。
長い黒髪の男は、愛想よい笑顔を浮かべ部屋に入ってきた。
明日の予定の説明と、ビリーの都合を聞きにきたのだろう。本格的な会議に入る前の根回しだった。
緻密に計画をたて、すべてが円滑にまわるようセッティングをする。なんでもかんでも思いつきで行動しているようにしか見えない親父とはえらい違いだ。
それなのに、娘に口をきいてもらえないとぽつりとビリーに漏らしていた。
そういえば、タムズで出会ったとき「はじめまして」と挨拶してしまった。
本当ははじめましてではなかったのに。
シタンはソラリスにいたころの親父の後輩で、しかもビリーが「シグルド兄ちゃん」と呼んで慕っていたシグルドと同級生だったという。
何故、まったく記憶にないのかと思う。
いや、シタンのことだけではなくソラリスそのものについての記憶もほとんど無い。
銃の手入れをする手を休め、ビリーは訊いた。
「なぜ先生のこと僕は覚えていなかったのでしょうね。シグルド兄ちゃんのことはよく覚えていたのに」
「それは、シグルドはビリーの家に一緒に暮らしていたからですよ。私はたまにシグルドに会いに先輩の家へ行くときにビリーとは顔を合わすくらいでしたし、特にシグルドがソラリスを発ってからは、ビリーが寝ている時間くらいしか先輩の家にはお邪魔しませんでしたからね」
話をしながら、ビリーは布にガンオイルを含ませ一つずつ丁寧に最後の仕上げをする。
そんなビリーの手元を見つめてシタンは言った。
「お父さんに似てきましたね」
「親父に? どこがです」
露骨に不満げな声を出してしまった。
「銃を一つずつ慈しむように扱うところなんか、そっくりですよ。先輩に仕込まれたんですね」
確かに、幼いビリーに銃の扱いを教え込んだのは父親だった。
わかってはいるのだが、他人から言われるとなんとなく面白くない。
その時、またノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
入ってきたのは、ビリーの小さな妹プリメーラだった。
「プリムどうしたの?」
プリメーラは入ってくると先客をじっと見上げた。
シタンはプリメーラの頭をかるくなでて言った。
「ああ、プリムはラケル先輩そっくりだ。瞳の色も髪の色も」
「母さんに?」
ビリーは思わずプリメーラの顔をのぞき込んだ。
薔薇色の瞳が、母親と同じ色の瞳がそこにあった。