015:上を向いて[リコ+マリア]
ゆったりと海を航行するユグドラシルの甲板に出た。
新鮮で、でもどこか磯臭い空気の中深呼吸を繰り返すのは良い気分転換だ。
だが、キスレブの犯罪者収容所の、あの淀んだ埃っぽい空気もたまに懐かしいとリカルドは感じている。
ふと、気が付けば甲板の端に先客が見える。
シェバトでメンバーに加わったまだ小さな少女。名前は、マリアだったか。
その少女は一人甲板に立ち、空を見上げていた。
ボリュームたっぷりの縦ロールが小柄な少女の頭を後ろに引っ張っている重石のようだった。
それにしても、毎日コテで丁寧にカールをつくっているのだろうか。手入れも大変だろうに。
この少女とは一言二言言葉を交わすことはあっても、いわゆる会話らしい会話をしたことはない。
この年頃の少女とどう接していいかリカルドにはわからない。
これだけ歳が離れていれば共通の話題もないから当然だ。
リカルドが甲板に上がってきていることに気づく様子はなく、少女はその姿勢を崩さない。
リカルドは、なんとはなしに静かに近づく。
少女が口を開いた。
「父さん……」
リカルドははっとして足を止めた。
彼女は、シェバトで父・ニコラと戦って倒した。
それは、ゼプツェンの兄弟機アハツェンであって父親ではなかったのかもしれない。だが、彼女の父と同じ声で、娘に語りかけたのだ。
そして、最後にゼプツェンに自分のデータすべてを転送した。永遠に娘と共にあるようにと。
気配に気が付いたのか、マリアはリカルドの方へと顔を向けた。
「リカルドさん?」
潤んだ目が赤い。
そう、彼女は空を見ていたのではない。ただ、涙をこらえて、こらえきれなかった。それでも、下を向いて泣くのがいやだったのではないか。
リカルドはなんとなく、そう思う。
この子は、もうずっと誰かに涙を見せたことなどないのだろう。いつも、凛とはりつめた空気をまとって、気丈に戦おうとするまだ幼い少女。
少年期、自分もこの少女と同じようにひとりぼっちになった。だが、この少女のように前を向いていなかった。
亜人である自分を生み、父親に捨てられた母。息子が亜人であるがゆえに、迫害を受け、その心労からか早くに亡くなった。
ただ、父親を恨んだ。キスレブの犯罪者収容所で、バトルキングにまで上りつめキスレブ総統の命を狙った。
それは、自分の強さに対する奢りだった。
本当は、この少女ほどの強さはなかったのかもしれない。
「偶然だな」
何も気が付かなかったように、リカルドは声をかけた。笑ったつもりだったが、どこか不自然だったかもしれない。
「あの、なんでここに?」
「風にあたりにきただけだ」
「そうですか」少女はにっこり笑った。「あの……リカルドさんと、こんな風ににお話するのははじめてですね」
「俺の見てくれが見てくれだからな。子どもに怖がられるほうが、日常だ」
少女は慌てた。
「リカルドさんみたいに大きい人に会うの初めてだったからびっくりしましたけど、怖くなんてありませんでした」
ムキになって説明する少女にリカルドは目を細めた。
どんなに大人びた言動をしようが、やはり子どもだ。
そして、何を思ったか、ひょいと少女を持ち上げ肩にのせた。
マリアは狼狽えて言った。
「何するんですか?」
「気分転換だ。視点が変わると景色が違って見えるだろう。もっとも、ゼプツェンのほうが大きいんだから珍しくもないか」
少女は、そっとリカルドのあたまに腕を巻き付けた。
「昔、父さんによく肩車してもらいました」
そうぽつりという少女。リコは微笑んだ。
おろしてと言わないところをみると自分はさほど嫌われていないらしい。それが、なんとなく嬉しかった。