267:アンテナ [フェイ+エメ+バル]
そのエメラルドグリーンの髪を持つ少女は、フェイを見るなり連呼した。
「キム! キム! キム! キム! キム! キム! キム! キム! キム! キム! キム! キム!」
エメラダの瞳はフェイだけを映していた。焦がれていた人にやっと会えたと、彼女の瞳はきらきらとエメラルドグリーンに輝いている。
キムって誰だ?
「俺はフェイだ。キムじゃないぞ」
とフェイが返せば、
「フェイのキム」
きりがない。
「……キムでいい……」
ということで、キムで落ち着いた。
それからというもの、エメラダはフェイにまとわりついていた。エメラダの視線は常にフェイの姿を追う。幼い子どもが母親を求めるように。
これだけ慕われれば嬉しくないこともない。でも、疲れる。エリィにそれとなくSOSを目で訴えてはみるものの、しかとされた。エメラダから「おばさん」呼ばわりをされた一件を引きずっているのだろう。心なしかフェイに対する視線も冷ややかだ。女って結構心が狭い。かといって、無邪気な女の子を邪険にするわけにもいかず、フェイはエメラダの相手をする。
いずれ、他のクルーたちにも懐くだろう。それまでの辛抱だ。
その日、フェイはエメラダの追跡を振り切って一人ガンルームにいた。すぐに見つけられるだろうけれど、たまには息抜きも必要だ。
メイソン卿の煎れた紅茶をすすっていると、バルトがやってきて「爺、おれも一杯」とカウンターに肘をついた。
「よ、この色男!」
「なんだよ」
「いや、あの子」
「エメラダか?」
「本当はおまえの子どもなんじゃないか? あの懐き方尋常じゃないぜ」
「俺は何歳だよ」
「あはは……。ま、先生も言っていたけどさ、エメラダを作った科学者がおまえに似ていたんだろうな」
「ゼボイムのか……」
それが四千年も昔の話だということはエメラダもいつか理解できるだろう。彼女の大好きなキムはもういないのだということも。
フェイはため息をついた。
「あ、キム、こんなとこにいた」
という嬉しそうな声がして、エメラダがフェイのそばまで駆け寄ってきた。
「よ、エメラダちゃん」
茶化すように名を呼んだバルトをエメラダは横目でちらりと見て、すぐにフェイに視線を移した」
「あたし、捜したんだよ。キムのこと」
「ごめんね、エメラダ」
フェイはエメラダの頭を撫でた。
その様子を見ていたバルトが口を開いた。
「そのキムというやつは、フェイそっくりなのか?」
バルトを見上げ、エメラダは怪訝な表情をした。
「キムはキムだよ」
「ん、あ、そうか。このキムとエメラダが覚えているキムってまったく同じように見えるのか?」
バルトの問いにエメラダは澄んだエメラルドグリーンの瞳でフェイをじっと見つめた。
「覚えているキムはもっと大人だったよ。キムは若くなったんだね」
小さく吹き出し、バルトはさらに訊いた。
「背の高さはこんなものか?」
「もう少し、高かったかも知れないけどよく覚えていない」
「じゃ、髪の色とか、目の色も同じか?」
「同じだよ」
「髪の長さは? というか、ヘアスタイルは?」
「同じ」
いきなりバルトはいきなりフェイの不自然に飛び出している前髪を掴んだ。
「じゃ、さ。こんな風にアンテナも立っていたのか?」
「アンテナ? なんだよ、それ」
フェイは前髪を握るバルトの手を払った。
「うん、同じだよ。キムはずっとアンテナつけていたんだね。だから、すぐにキムがキムだってあたし、わかったんだ」
バルトは笑いをかみ殺しながら「だとよ」とフェイの肩をばしっと叩いた。
アンテナじゃない……と言いかけて、かえって話がややこしくなるような気がして、フェイは。困ったように笑いもう一度エメラダの頭を撫でた。