228:穴[all]
「若、若……ヒュウガ、若の具合はどうだ?」
血相を変えて脱衣室に飛び込んでききたシグルドの顔を見上げ安心させるようにヒュウガは言った。
「大丈夫ですよ。かるい脳しんとうですから。たんこぶもできましたけれどね」
バスタオルを身体にかけただけの状態で横たわるバルトは薄目を開ける。
「わりぃ……シグ。心配かけちまって」
起きあがろうとするバルトの肩をシタンは押さえ「もうしばらく横になっていてください」と言った。
「何をしたと言うのです? 若」
ユグドラシルも無事シェバトに収艦され、ソラリスからの侵入者もなんとか追っ払い、皆ほっとしていた。しかし、ゆっくりする間もなく明日には、地上に戻らなくてはいけない。
闘いの疲れをいやしてくださいと、なかなかのの部屋と食事、そして立派な大浴場を用意してくれたのは女王陛下の心遣いだったのだろう
事件はその大浴場で起こった。
大浴場なんてものを知らないお子さまたちは大喜びだった。
「これって、プールとかわらないじゃん」
そんな軽率な一言とともに、いきなりプールよろしく深さも確認せずに水泳だと飛び込んだバカがバルトだった。その時に、バルトは頭をぶつけ、慌てたフェイがシタンを呼びにいった。ということらしい。
バルトの頭に冷たいタオルをのせて、シグルドは嘆息した。
「本当にあなたはいくつですか? 子どもではないのですから。いい加減に落ち着いていただかないと」
「っつーか、この広さならもう少し深くて当然だろう」
と、逆ギレするバルトにシグルドはぴしゃりと言いはなった。
「若、それは筋が違います」
「ぐ……」
「本当だよ。俺だって飛び込める深さなんてないってすぐに気がついたさ。子どもみたいにはしゃぎすぎだって」
フェイが追い打ちをかけるように言った。
バルトは一瞬口をへの時に曲げるが、すぐににやりと笑った。
「ふーん、フェイ……。おまえそんなこと言っていいのか? おまえのはしゃぎかただって、尋常じゃなかったよなぁ」
「おや、フェイはなにをしたというのですか?」
シタンがフェイににっこり笑顔で訊いた。
「え? ……べつに」
「べつになんてことあるものか。おまえ、男湯と女湯の仕切の上に少しだけ開いている穴から、エリィと愛のメッセージ交換をしていたじゃないか。石鹸に、文字を刻んで……『あいしている、ダーリン(はぁと)』……なんてやっていやがるの。こいつら。うぷぷぷ……」
「バルト! おまえ、マルーに相手されなかったからって、嫉妬するなよ」
フェイはバルトの肩を掴んだ。
「んだと?」
「二人とも僕よりも年上だなんて、信じられないほどガキだよね」
今まで黙っていたビリーが、しれっと言った。
バルトとフェイはそんなビリーの顔を同時にぎろりと睨む。
「ふーん、ビリーおめぇもそんなこと言っていていいのか? なあ、フェイ」
「うん、そうだよ。あれはないよな」
「ビリー、てめえ何をした?」
いつの間に様子を見に脱衣室に入ってきていた、ジェサイアがビリーを問いつめる。
「なんだよ、親父まで。何もするわけないじゃないか」
「へえ、最後まで水泳パンツを脱ごうとしなかったヤツはどこのどいつだ」
すっかり元気になったバルトは上半身を起こし、にやりと意地悪く笑った。
「問題あるの?」
「大ありだよ。大浴場の注意書きには身体に何かを身につけて浴槽にはいるなって書いてあったし」
とフェイ。
「なんだ、おめーそんな非常識なことをしたのか?」
「そうなんだよ親父さん。しかも、こいつ押さえつけて水泳パンツ脱がそうとすると、発砲しやがるの。いくら自分のモノに自信がないからといっても、危ないったらありゃしない」
「この、バカ息子、天井に開けた穴は、ちゃんと修繕しておくか、弁償しろ」
「あれは、空砲だって」
「空砲だろうが関係ない。銃は使う場所をわきまえろとあれほど言っていたのに。……あー、ばかばかしい。いくぞ、ヒュウガ、シグルド。飲み直しだ」
心底呆れた大人三人は子どもたちを残したまま脱衣室を後にした。