227:停電[リコ+バル]
ユグドラシルの居住区の証明が一斉に消えた。
問い合わせるよりはやくバルトから連絡があった。
――あ、リコか。起きていたのか? 停電だろ、今。鑑を航行させるための電送系統はすべて生きているから心配はないからな。寝泊まりする部屋のみが真っ暗になっちまっているけれど、ちょっと我慢してくれ。もっとも、寝るつもりだった連中には関係ないか。
同室のやつは熟睡しているようだった。
真っ暗な部屋の中、リコは宙をぼんやりと見つめた。
暗すぎるとかえって落ち着かない。
病弱な母親と暮らしていた。父親などいない。
成長とともに、亜人の特徴が色濃くなっていった。亜人排斥政策は、無邪気な子どもたちに亜人に対する嫌悪と優越感をを植え付けた。
――やーい、亜人の子……。
自分が他の子どもたちと違うことを否応もなく思い知らされる。光の中にいるのは好きではなかった。緑色の肌を隠すことができなかったから。
――母さん、僕は亜人の子なの? 母さんは亜人じゃない。僕の父さんは亜人だったの?
かといって、真っ暗なところも好きではなかった。母の顔が見えなかったから。
――違うわ。あなたのお父様は立派なかた。いつか、あなたも……。
薄暗い部屋の中、母が横になるベッドのそばで詰め寄った。
――立派な人が、俺たち母子を捨てるかよ! 変だよそんなの。
――いえ、それはあの人のせいではないわ。いつか、あなたはお父様のところへ……。
――もう、話さないで休んでよ。母さん。
母は泣きながら何度も謝って、決して平穏な日々を入れることもなく、息子を一人遺し逝った。
亜人排斥政策を打ち出したキスレブ総統。そいつが、薄々自分の父親らしいことをやがて知る。
憎悪の感情が原動力だった。バトルキングにのし上がり、それなりの力を持つようになった。
母を苦しめ見殺しにした父。暗殺を企てるが失敗し、処刑されるところをシタンとフェイに助けられる。そいつらと成り行きで行動を共にしている。
キスレブだけではなく地上を支配するソラリスという国のことが明らかになるにつれ、キスレブ総統である父も被害者であったのだと、おぼろげに理解するようになった。
憎しみのエネルギーはその勢いを失い、かといって許すこともできず、やり場のない感情をどこにもぶつけることもできずに燻り続けた。今でも。
真っ暗だった部屋にスリープライトがうっすらと点り、またバルトから通信が入った。
――あ、リコか? まだ起きていたのか。
「そう言うなら、通信いれるな」
――あはは、それもそうだな。取りあえず修理終わったから。そんだけだ。
「わかっている。ところで、おまえはまだ寝ないのか?」
――まあ、俺一応この鑑の最高責任者だし。無責任に寝るわけにはいかないさ。
「そうか。だが、寝不足は判断力も鈍る。なるべくはやく寝ろ」
――了解。
通信を切って、リコはにやりと笑った。あの小僧はもう一人前だ。過去の傷から自由になりつつある。それなのに、自分は……とリコは自嘲する。
まったく、あのガキどもよりこっちがガキじゃ話しにならない。
リコはどさっとベッドに転がり、目を閉じた。