226:虹[若*マル+他]
マルーを巻き込んでは悪さばかりしていたように思う。王子としての落ち着きを身につけていただかないと、云々……とメイソン卿からさんざん説教をくらった記憶がある。
アヴェにある王宮の庭園の真ん中には、噴水があった。
噴水の水量と水圧を勝手にいじり、思いっきり高く水を吹き上げさせた。それは、軽く王宮のバルコニーを越える高さだったように思う。
マルーは喜んだ。
何故あんなに喜んだのか、覚えていない。高く高く上がる噴水を見て、嬉しそうにはしゃいでいた。
でも、それは一回だけのいたずらだった。オアシスの豊富な水源に恵まれているとはいえ所詮砂漠にある街だ。水を無駄に使うべきではない。
その渓谷に四機のギアが降り立った。
さほど遠くへ行かなければ、気晴らしもいいでしょうと珍しくシグルドも同意してくれた。
「すてきなところね」
エリィは目を輝かせた。
そりゃ、ソラリスでは決してお目に掛かれない風景だろう。
「ほんと、気分のいいところだね。こんなところにずっと住めたらいいね。なぁ、エリィ」
「え? ……あの」
エリィは頬を赤らめている。フェイはエリィ具合でも悪いの? とか間抜けなことを言っていやがる。鈍感なやつだ。
「ねえ、若はここをどうして知ったの?」
マルーはピクニックバスケットをバルトに手渡した。
「まあ、俺は行動範囲が広いからよ、前に一度調査にきて記憶にあったわけだ。空気はきれいだしリフレッシュにはもってこいかと思って」
「ふん、どうせ、さぼっていたときに見つけたんだろう」
「んだと?」
ビリーの憎まれ口はいつものことだ。それでも、いつもより口調が柔らかい。
しゃべることのできないプリメーラは、その表情とジェスチャーで、この風景の印象、感動を伝えようとする。そのせいか、バルトの案内した場所であるにかかわらず、ビリーの憎まれ口は最初の一回だけで終わった。
「どうしたの? プリム。そっちに何かあるの?」
不意にプリメーラが走り出し、その後をビリーが追った。
「おい、はぐれるなって、きつく言われているんだから、勝手に走るなよ」
バルトはそう文句をいいながらも「仕方ねえな」と二人を追った。マルーもフェイもエリィも、後に続いた。
プリメーラが走っていく方向から、水音が聞こえていた。
ビリーとプリメーラにやっと追いつき、二人の視線の方向へと目をやる。
小さな滝。ダイナミックさはなかったけれど、それは繊細で清らかだった。細く糸のように落ちていく清水が岩肌を何度もぶつかり飛沫が舞い上がっていた。
「きれい……」
そう一言口にしたまま、皆黙ってしまう。ただ呆然と眺めているだけだった。
ゆっくりと滝の周りを歩いていたマルーが素っ頓狂な声を上げた。
「ねえ、ねえ、若、見てよ、すごいよ。ここから見ると、ほら、きれいだよ。若、ねえ、見て、みんなも見て」
バルトは慌ててマルーの側に駆け寄った。
岩に打ち付けられ、はじけた水しぶきが細かい霧となってきらきらと舞い上がっている。それは、太陽の光を受け小さな虹を描いていた。
マルーは、バルトの方へと振り向いて、にっこりと笑った。
――若、若、噴水、もっと高く上げて。
――おう、いいぜ。
――ねえ、見て。きれい……。お空に虹ができたよ。きれい、すごくきれい。
びしょぬれになりながらはしゃぐ幼いマルーの屈託のない笑顔が重なった。