202:隠れる[若+マル+シグ]
「若……若、どういうつもりよ! 聞いたよ、フェイのこと」
「うるさいな、あいつはユグドラシルを沈め俺達を殺そうとしたんだぞ」
「でも、それはフェイじゃなくてイドなんでしょう?」
「あいつはいつイドになるかわからないんだ」
「だって、明日なんてあまりにも急じゃない。方法はあるはずだよ、イドだけやっつける方法が」
「方法探している間に、イドになっちまったらどうするんだよ。マルーを殺そうとするかもしれないんだぞ」
「だって、若、友達なんでしょう?」
「もういい、一人にしてくれ」
飛び出したバルトの後をマルーは追ってこなかった。
浮き石を乗り継ぎ、シェバトで一番高い人気のない廃屋の屋上で腰をおろす。ぼんやりと薄暗くなりつつある空を眺めた。
誰にも会いたくなかった。
フェイのカーボナイト凍結処刑が議決された。
はっきり反対したのは、エリィただ一人だった。自分はといえば、ゼファー女王のように時間稼ぎさえしようとしなかった。
頭の中が真っ白だった。
そうだ、あの時大切なユグドラシルのクルーたちが命の危険に晒されたのだ。リコなど現実に部下を殺されている。反対することは、仲間たちへの裏切り……に感じすらたのかもしれない。
「あいつはユグドラシルを……俺達を……」
それだけを絞り出すようにやっと言った。
抱えた膝に顔を埋めた。
フェイは……ただ一人の友達だったのに。
ファティマ王家の自分ではなく、ただのバルトとして接してくれたのだ。
「そうだよ、あの時、俺が反対したって結果は変わらなかったさ。先生が……先生が言ったじゃないか『リスクが高すぎる』って。あれが決め手になったんだ」
声にして吐き捨ててみる。が、その言葉はさらにバルトを傷つけた。唇を噛む。
たぶん、ただ一人反対したエリィはフェイを助けようと動くだろう。たった一人でそれをするのは、どう考えても無謀だ。でも、どのような犠牲をはらっても、身を挺しても彼女はフェイを守ろうとする。それをバルトは確信した。
「どうする? バルト。これでは一生後悔するぞ。友達を……友達を大切にできない男に王の資格があるっていえるのかよ!」
誰も聞いていないからと、少々声を張り上げて自分を叱責してみた。
「若……やはりここでしたか」
いきなり背中からかけられた声に飛び上がりそうになった。ゆっくりと振り返る。
「シ、シグ……。どうしてここにいることがわかった?」
バルトの目が丸くなった。
「若は何か嫌なことがあったり悩んだりすると、一番高いところで気持ちを落ち着けようとするのはいつものことでしたからね。若は隠れているつもりのようでしたので、余程のことがない限り放っておきましたけれど」
「ふん、お見通しっだったってわけかよ」
唇の片端を上げる。なんとなく面白くない。
シグルドはにっこりと笑った。
「ヒュ……いえ、シタンから伝言です」
「先生が?」
「はい、おそらく見送りは深夜になる……とのことです」
「見送り?」
「ええ、シタンに頼まれましてね、今までレーダーに細工をしていました」
「おい、シェバトの防衛システムに介入したのかよ!」
「厄介な作業をあいつは押しつけてきますね。昔っからそういうところは変わりません」
「そっか、それでも先生とシグは今も昔も友達なんだろ?」
「まあ、そういうことになりますね。……さて、そろそろ戻ったらいかがです? マルー様が心配して今にも泣きそうな顔をされていましたよ」
バルトは、しまったという顔をした。
「あ、じゃあ先かえるわ。……シグ、また後でな」
バルトは浮き石に飛び乗り大きく手を振った。
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