200:崩壊[all]
耐えがたい惨状を目の前にしてそれは起こる。
フェイとイドの反転。
順調にソラリスからの脱出口を目指していた。
合流地点から格納庫へと向かう陸橋前で突然、ハマーがエリィを連れ戻そうと銃口を向けた。
「ハマー、てめえ何するつもりだ」
一度だけリコが脅しをかける。予想もできなかったハマーの裏切りに仲間達は誰も動けなかった。
娘を守ろうとした母メディーナだけが、動いた。そして、銃弾に倒れた。
「母様……母様……いやっーー!」
倒れた母親に覆い被さったエリィの悲痛な叫び声が空気を切り裂いた。
嘆く間もなく、グラーフと処刑人が一行を阻んだ。
エリィの父エーリッヒが搭乗するギアが立ちはだかった。
「ここは私がなんとかする。はやく逃げなさい」と。
素顔を隠す仮面の下から処刑人のくぐもった笑い声が響いた。
「あら、少し力が強すぎたかしら。お別れの暇もなかったわね」
「父様、父様!! 何故……父様まで、よくも……」
エリィの全身に激しいエーテルが満たされていく。
「非覚醒状態ないのに、このエーテル制御はさすがね。でも……まだだめね」
「ぐっ……!」
「うわっ……!」
「きゃぁっ!」
「みんな! エリィ、エリィ! やめろーーっ!」
フェイが絶叫しがくりと膝をついた。
「う、う、うわぁぁぁーーー!」
頭をかきむしり全身を震わせ苦しみ出す。
「フェイ……どうした?」
バルトとビリーが慌てて駆け寄ろうとする。
「おまちなさい!」
シタンの制止する声の鋭さに、二人とも立ち止まった。
「ヒュウガ……あれはフェイなのか?」
ジェサイアはビリーを庇うように片腕でじりっと後ろへ押し戻し言った。
「ええ……」
背中を丸め、俯いたまま咆吼するフェイの黒髪が、全身が……赤く染まる。身体中からすさまじい量のエーテルが放出された。彼の中に内包されるエーテルはおそらく無限だ。
咆吼がけたたましい笑い声に変わった。
ゼボイム遺跡で戦った赤い男の記憶が鮮烈に蘇った。
――イド。
それの記憶を持つ者の背筋に冷たいものが走る。
「いけない、すぐに逃げるんです!」
シタンの切羽詰まった声。
「先生、フェイを放っておくのか?」
バルトが怒鳴るように訊いた。
「そんなこと、言っている場合ではありません。フェイは大丈夫です。我々すべてが命を落としても彼だけは」
「先生、あれは何でチュか?」
チュチュが指さす方向に目をやれば、深紅のギアがこちらへと向かってくる。
「あのギアは!」
バルトが歯ぎしりをして、赤いギアを睨み付けた。
笑い声がぴたりとやんだ。
フェイ……いや、イドはゆっくりと頭を起こし冷たい笑みを浮かべた。彼はシタンたちを一瞥し、深紅のギアに跳び乗った。
飛び立つ赤いギアを呆然と見つめているジェサイアをシタンは一喝した。
「先輩まで惚けてどうするんですか。すぐに脱出します。マリア、ゼプツェンを!」
リコが気を失ったままのエリィを抱き上げる。
大きな衝撃が走り、慌てて手近にあるものにしがみついた。揺れる通路を支え合いながら急ぐ。
シタンは目を細め赤いギアを遠くに見つめた。どこから壊していくのか吟味しているかのようにゆっくりと周囲を旋回している。
イドを突き動かすのは破壊衝動のみ。
止められない。今、ここにいる誰もイドを止める力は無い。かつて数えきれぬほどの国が赤い子どもに滅ぼされたように、神が愛でる人々が住まう天空の楽園は崩れ落ちていくしかないのだ。
※この話に関連するお題は時系列順に以下のとおりになっています。