157熱帯夜[all]
海を航行するユグドラシル。
位置的には熱帯域だろう。かなり暑いはずだが、エアコンのおかげで艦内は快適……なはずだった。
夕方から艦内の冷房がきかなくなった。
海の上は通常なら、夜にでもなればまあ涼しい。
だが、密閉されたユグドラシルは空調で外気を取り入れても、籠もる熱を逃がすこともできない。
男性陣はジュースやアイスティーを求めて自然とガンルームに集まりはじめた。
女性陣といえば、男どもを避けているように見える。こう暑いと男の汗臭さは耐え難いのかもしれない。
真っ先に吼えたのはジェサイアだった。
「くそぉーーー暑いぞ。シグルド、なんとかならんのか」
「なんともなりません」
シグルドの返答は素っ気ない。
そんな二人のやりとりを見ていたビリーは眉を寄せグラスに入った氷水を一口喉に流し込んだ。
「親父……みんな我慢しているんだ。みっともないから騒がないでよ」
でも、ジェサイアは息子の苦言など意に介さない。
「ヒュウガ、さっさと修理しろ」
「部品が無いので、明日、最寄りの街で調達しないとどうしようもありません」
シタンは涼しい顔をして言った。
「先生、汗もあまりかかないでスゴイね」
団扇でパタパタ扇ぎながら、フェイはシタンに尊敬の眼差しを向ける。
バルトもうんうんと頷いた。
「いえ、たいしたことではありませんよ。日頃からの鍛錬のたまものです」
鍛錬とどんな関係があるのかさっぱりわからないが、面倒なのでシグルドは黙っている。おおかたこいつは、服の下に保冷材でも仕込んでいるに違いない。
「こう暑いと、氷の消費が激しい。が、制限するのは少々酷だしな」
氷の盛られたアイスボールを持ち上げ、自分のグラスに溶けてボールの底に溜まった冷水を注ぎながらシグルドは言った。
ジェサイアは氷を指で掴み自分のグラスへ放り込み、酒のボトルを持ち上げた。
その酒をシタンはひったくる。
「ただでさえ暑いんですよ。アルコールで身体火照らせてどうするんですか?」
「冷たくして飲めばいいだろうが」
「氷の無駄です。水にしてください」
ちっとジェサイアは舌打ちをする。
上半身裸になったバルトが汗を拭き拭き言った。
「俺がユグドラシルに乗ってから、こんなこと初めてだ」
そんなバルトを横目でちらりと見て、ビリーはぼそりと呟く。
「はしたない」
「ん、だとー? てめーは自分の貧相な身体に自信が無いから妬いているんだろう? へっへーんだ」
「誰が、君になんか嫉妬するか」
そんな二人のやりとりをニコニコ笑って見ていたシタンが言った。
「まあまあ、二人とも。それより、少しでも涼しくする方法があるんですよ」
シタンに絶対的な信頼を寄せているお子さまたちは身を乗り出し声を揃えて訊いた。
「ホント?」
「ええ、それは怪談……というものです。つまりですね、暑い夜に集まり一人ずつ、自分の怖い体験を話して行くんですよ。そうするとだんだん涼しくなって、そのうち寒くなります」
「先生……すごい」
またもや素直にフェイは尊敬の眼差しをシタンに向けている。
「お、面白そうじゃん」
バルトもすっかり乗り気だ。
促されてシタン、フェイ、バルト、ビリーと、床に丸く輪になり腰をおろした。
「では、明かりを消して、非常灯一つついていれば十分です」
シタンが言うと同時にガンルームが暗くなる。
気を訊かせたメイソン卿の心遣いだった。
「では、言い出したのは私ですから私からいきますね。あれは、今思い出しても身の毛もよだつ事件でした。私がラハンに引っ越そうと家を探していたときのことです。丁度良い空き家がありました。それがとんでもなく安いどころか、ただで良いといわれましてね。さっそくそこに決め、村人に挨拶をしたのです。そうしたら、その空き家に住むと話したとたん、村人の顔色が変わるのです。真っ青になったり震えたりする人。中には祈り出す人までいます」
シタンの声音はいつになく低く抑えられ薄暗い中、雰囲気満点だ。そのぼそぼそした声に皆身を乗りだす。
バルトとフェイが同時にごくりと唾を飲む。
「そ、それで?」
「ユイとミドリに何かがあったら大変です。引っ越してからでは遅いのです。私はすぐに確認することにし、夜中になるのを待ちました」
カウンターに頬杖ついて酒を舐めながらジェサイアはひそひそ声で言う。
「なんか、少し室温低くなったような気がしねーか」
「ジェサイア殿もそう感じられますか。私も同感です」
メイソン卿が同意し、シグルドも頷いた。
こうして、熱帯夜は静かに更けていった。
またもや、落ちていない……(笑)
つーか、この寒いのに「熱帯夜」なんて書けるか!(開き直り)。しかも、その前が「雪」で、この後が「秋」「海」って、どういった並び順だろう?