138:うっかり[シグ+シタ+お子さま]
「すみません。私としたことがついうっかり」
本当にすまなそうに旧友は謝る。何度も何度も。
――まあ、仕方ないさ。これからは気を付けてくれ。
普通なら、それで終わりだ。相手の誠意ある謝罪にくどくどと責め続けるようなことはしない。しかし、シグルドのこめかみには青い血管がぴくぴくと小さく痙攣している。
先日、停泊先の小さな町にシグルドと一緒に買い出しに出たシタンは、ある人形制作のキットに興味を持った。
『戦闘用アクセサリー――えすでぃー○○人形制作キット』
嘘か本当か装備効果もちゃんとあるという。人形は自分の好みの顔立ちに作ることが可能らしい。
「これは、なかなか。うーん、作り方次第で良い装備効果を期待できそうだ」
まあ、ヒュウガがそう言うのならそうなんだろう。と、その時納得してしまったのが運の尽きだった。
それから数日して、ガンルームが妙に盛り上がっていることにシグルドは気づく。
大声の主は、彼の若い主君であるバルト。他に、フェイ、マルー、ビリー、マリア、チュチュと若いメンバーが揃っている。
「すごいでチュ。シグルドしゃんにそっくりでチュね。どこで見つけたんでチュか?」
「先生が忘れていったんだよ。俺、腹が痛いって先生を呼び出したら慌ててこの人形掴んだまま来てくれて、一通り診てくれたらそのまま置いていっちゃった。先生意外とそそっかしいから。それで、先生に返そうと部屋の外に出たところでバルトに見つかって取り上げられたんだ」
フェイが、その落とし物を拾った経緯を説明した。
バルトはニタニタ笑いながら、フェイの背中をバシッと叩く。
「いや、こんなすげーもん独り占めなんてずるいよなぁ。おっ! こんなところに○×までついているし、こまけーな。……とすると……」
「ちょっと、若っ! だめだよ。ズボンまで脱がそうなんてしないでよ」
マルーの焦った声。
「まったく、君って品位と知性がない」
ビリーの冷ややかな声。
なんともイヤな予感にシグルドはその盛り上がり集団に近づいていく。黙ったまま顔を赤らめたマリアがシグルドの方を向く。目があってしまった。
「あ……あの。シグルド……さんが」
集団が一斉にシグルドの方を見た。
バルトはもちろん動じない。
「お、シグいいとこ来たじゃん。なあ、これ先生が作った装備品なんだってさ。一体なんの装備効果を期待してシグそっくりにつくったんだろうな」
バルトの手に握られていたのは、シグルドそっくりの人形だった。
「わ、若……、これは。すぐにこちらにお渡しください!」
焦ってバルトから取り上げようとするシグルドの声はうわずっていた。
シグルドの腕をするりとかわし、バルトはその場から走り出していた。
「やだよ。だって、これシグのじゃないし。もともと先生のだろ。シグに渡す理由ないもんな。じゃあな」
呆れるほど、逃げ足ははやかった。
結局バルトはつかまらず、腹立ち紛れに事の発端をつくったシタンに苦情を言いにいくことにした。
「フェイの腹痛が心配で、慌てて人形掴んだままいったら、たいしたことなくてほっとして、気が緩んだんでしょうね。うっかり忘れてしまいました。でも、あなたには申し訳ないことをしました」
ヒュウガは、シグルドのこめかみに浮き出た青い血管に気が付く様子もなく、本当に申し訳なさそうに経緯を説明する。
いや、もしかしたら気が付いていないふりをしているだけなのかもしれない。
丸め込まれるものか……と、シグルドはアイパッチで覆われていないほうの目できつく旧友を睨んだ。
私としたことがうっかり……これは、こいつの口癖だ。しかも、こいつのうっかりは、ついうっかりしてしまったのか、わざとうっかりしてしまったのか微妙だ。むしろ後者のほうが圧倒的に多いとシグルドは確信している。
「それでだ。若はおまえに人形を返すと言っていたが、あの人形はどこだ?」
ヒュウガはにっこりと笑う。
「あれでしたら、若くんに差し上げました。どうも、あの装備効果を一番引き出せるのは若くんのようですから」
シグルドのこめかみの浮き出た青い血管は、みるみるうちに膨れ上がっていった。
ぷちっと音がしたような気がした。
「ヒュウガーーーっ!!!」