091:旅[シタ+ユイ]
多くの村人たちが犠牲になった。
平和な村で繰り広げられたゲブラーとキスレブの戦闘。
もともと、国境に近い村だ。いままで戦争に巻き込まれなかったのが不思議だったのかもしれない。
フェイはただ世話になった村人を守りたかっただけなのだ。
だから、ヴェルトールに乗った。
そして暴走した。
いや、正確には覚醒なのだが。
一夜明け、事の重大さを理解したフェイは、ラハンを発った。
シタンがそう仕向けた。
黒月の森を出て、ダジルへ行くようにと。
家族を失い、哀しみに暮れる村人達は、それでも犠牲になった家族や友人を弔うしかなかった。
犠牲者の冥福を祈る儀式は一晩中続いた。
村人以外にもソラリスやキスレブの軍人が犠牲になった。
彼らの亡骸をシタンはユイと二人で、丁寧に埋葬した。
家への帰り道を二人並んで歩く。
「遅くなってしまいましたね。ミドリが待ちくたびれているでしょうね」
「あの子には家から外へ出ないようよく言い聞かせてありますから、大丈夫よ」
「明後日には犠牲になった人たちの埋葬もすべて終わっているでしょう。その時には……」
「ええ、わかっています。ここの人たちを連れてシェバトへ向かいます」
「私はこれからフェイを追います。私の言いつけを忠実に守り、ダジルへ向かうためにまっすぐ黒月の森を通り抜けようとしているでしょうから」
「フェイは大丈夫かしら。黒月の森には危険なモンスターがたくさんいるわ」
「心配しないでも、大丈夫ですよ。彼は普段から武術で身体を鍛えていますから」
「そうね」
ユイは立ち止まり村を振り返った。
「ユイ?」
「三年経っていたのね。この村に住むようになって」
「長いようで短かった。白状してしまいますと、フェイにはこのまま何事もなくヒトとして静かに一生をおくってもらう。そんな甘いことを考えていました」
「でも、動き出してしまったのね」
「はい……『福音の却〈とき〉』が迫っていると考えていいでしょう。私は見極めなければいけません」
シタンは独り言のように呟き、夜空を仰いだ。
月の眩しさに目を細める。
フェイに引き寄せられるようにアニマの器の同調者が集まってくるだろう。
同調者を生きたまま捕獲し、法院のもとへと連れていく。
表向きにはそういうことになっている。
だが……。
天帝からの密命は、接触者フェイの力を見極めること。
フェイが「アーネンエルベ」として、ヒトを呪縛から解き放ち、新しい未来へと導くことができるのかどうかを。
シタンはユイにだけそのことを話していた。だから、そのことを知るのはユイだけだった。
今までユイにもミドリにも辛い思いをさせてきた。そして、緊張の日々はまだまだ続くのだ。
「長い、長い旅になりそうですね」
かけられた言葉に振り返る。
ユイは気丈に微笑み、シタンを見つめていた。
「はい、本当に長い旅になりそうです。ですから、ミドリをたのみます」
黙って頷くユイをシタンは強く抱きしめた。