177:10年後[ウヅキ一家]
久々にアルバムの整理をした。少し開いた窓から入り込む心地よい風が頬を撫でていく。写真が風に飛ばされないよう気を付けながら、ぺたぺたとアルバムに張り付ける。
ふと、窓から庭を見れば、一人娘のミドリが小鳥たちと遊んでいた。
シタンはそんな愛娘の様子に少し笑んで、再びアルバムに目を落とした。こんな作業をしていると懐かしさについ手がとまり、昔の写真に見入ってしまう。
結婚直後のユイ。
妊娠中のユイ。
ミドリを抱く出産直後のユイ。
すやすやと安らかに眠るミドリ。
よちよちとやっと歩き始めたばかりのミドリの手を引くユイ。
このころまではシェバトとソラリスで離ればなれに暮らしていた。滅多に会えなかった。二歳までのミドリに父親としてまともに接したことはない。その後も父親としてどう娘と接して良いか迷っているうちに今日まできてしまった。
地上に降りてきたばかりのころ、ミドリは父親に対して人見知りをした。血さえ繋がっていれば自動的に父親になれてしまえるほど甘くはないと思い知った。
「何をしているの?」
振り返ればユイが立っていた。
「ええ、この前フェイたちと撮った写真をまたアルバムに貼っていたんですよ」
「あら? あれまだ貼っていなかったのね」
シタンの背中からアルバムをユイは覗き込んだ。
「はい、延ばし延ばしにしてしまって。で、つい懐かしくて昔の写真も見てしまいましたよ」
シタンの背中越しにユイはアルバムを覗き込んだ。
「随分たくさんミドリの写真を撮っていたのね。こうして見ると、ミドリ……大きくなったわね」
「どうもね、ミドリに対しては写真を撮ることくらいしかできなくて」
「それにしても、ミドリこんな小さな時から、しかめっ面で写真を撮られているわね。笑っているかと思えば引きつっているし。笑顔を見せているのは本当に僅かだわ。ミドリらしいといえばらしいけれど」
「うーむ。カメラマンが悪いのかな」
「私が撮ったのも同じような表情をしているから、違うわね」
「親の自己満足でしかないんですが、ミドリの写真はずっと撮り続けたいですね。あと十年も経ったら、アルバムは何冊になるんでしょうね」
「十年……。あの子は十五歳になるわけだし、ボーイフレンドの一人や二人いて当然よね」
「そ、それはミドリは器量よしですからきっともてますよ。その頃には魅力的な笑顔のつくりかたもマスターしているだろうし」
ユイはくすりと笑う。
「もう、何がマスターするよ。笑顔ってそういうものじゃないでしょう」
「それはそうですね」
シタンは苦笑してアルバムを閉じる。何か思案するように顎に指を当てしばし黙った。そして、一度小さく息を吐き、顔を上げてユイをまっすぐ見た。
「私は、いつユイやミドリと離れないといけなくなるかわかりません。そして、再び一緒に暮らせるようになるのがいつになるのかもわからないのです。ですから……」
ユイは小首を傾げ、微笑んだ。
「ええ、わかっているわ。その時は私がミドリの写真を撮ればいいのね」
「はい、その時はよろしくお願いします」
シタンはもう一度窓から庭を見下ろした。顔を上げたミドリがシタンを見た。目と目が合う。シタンに向けられた目はほんの少しだけ微笑んでいたように見えた。