126:鳥[ウヅキ一家+フェイ]
手のひらを上にし、宙に向かってそっと差し出す。
ばさばさと羽音を響かせ小鳥が舞い降り、小さな手から餌をついばむ。
そんな愛娘の様子をシタンは少し離れた場所から隠れるように見つめていた。
小鳥はミドリを怖がらない。警戒することもない。
ミドリは小鳥と心で会話をするのだとユイは言った。
「のぞき見は良くないわよ」
いきなり背後からかけられた言葉に飛び上がりそうになる。後ろに妻が立っている気配にまったく気づかなかった。
振り返れば洗濯物が入った籠を両腕に抱えユイが笑っていた。
「ユイですか。びっくりしました」
シタンはユイから籠を受け取り、洗濯物干場へ向かうユイの後ろをついていく。
雲一つなく晴れ渡った空。乾燥した空気。優しく庭を吹き抜けていく絶好の洗濯日和だ。
洗濯物を干していたユイが振り返りざまに言った。
「こっそりのぞいたりしないで、直接話しをしたり遊んできたらいかがかしら」
シタンは一枚ずつ洗濯物を妻に手渡しながら、困ったような笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんそうしたいのは山々なんですが」
「では、いってらっしゃい」
ユイは空いているほうの手をひらひらと振った。
「いえ、また玉砕したらと思うと怖くてね。立ち直る自信がないんですよ」
「なら、仕方ないわ。まだ無理ってことよね」
「あの子は、鳥に心を開いているのに、父親には心を閉ざしている。たぶん、私の人格にどこか致命的な問題があるのでしょうね」
最後の一枚の洗濯物を受け取りながらユイは「ぷっ」と吹き出した。
続けて、くすくす笑い出す。
「もう、何話を大きくしているのよ。視点がずれているわ。あの子が心を開いているのではなくて、鳥が心を閉ざしていない。それだけよ」
「え?」
空になった籠をシタンから受け取り、ユイはため息をつく。
「でも、今はまだダメよね。あなたは、父親である前に、やるべきことがあるのだから。それは、ミドリの未来にも繋がること。我慢しないとね」
シタンは黙って頷き、鳥と戯れるミドリへと視線を向けた。
よく知った人影がミドリに向かって走っていくのが見えた。
「あら、今夜は一人前多く夕飯作らないとね」
「よろしくお願いします」
「ミドリ」
呼ばれる声に、ミドリの顔がぱっと明るくなる。
――フェイ……おにいちゃん。
確かに、心の中でミドリはそう言った。
フェイは笑いながらでミドリに近づくと、ミドリと一緒になって鳥に餌を与え始める。
手のひらで食べさせようとするミドリと違って、フェイは餌を豪快にばらまいた。
餌をついばみに庭に次々と鳥が舞い降りてくる。
無垢な二つの笑顔。
メガネを人差し指で持ち上げる。シタンは冷静な観察者の目をフェイに向けていた。
「あれが、あの男の本質なのかもしれませんね。先入観がない分、誰よりもはやくミドリはそれを見抜いた」
「ええ」
ユイも二人を見つめ、同意した。
「あー、でもダメだダメだ。あんなに餌をばらまいたら……、それこそ野生の鳥にとってはろくな事はない。生態系を乱す可能性もありますし」
「もう、何を硬いこと言っているのよ。本当にあなたは何処へ行っもあなたね」
二人は顔を見合わせ微笑んだ。