260:ビート[ウヅキ一家]
食卓の上には、質素だけれど手の込んだ料理が並べられていた。
シチュー皿には、熱々のシチューが盛られ、なんとも美味しそうなにおいが部屋中に充満していた。
そう、においはすばらしく食欲を誘うのだが……。
目の前にあるシチュー皿の中に盛られたものを見て、シタンとミドリの父子は固まった。
「あら? どうしたの、二人とも。食欲がないのかしら?」
怪訝そうな目で、じっとシチューとにらめっこしたままの夫と娘にユイは訊いた。
「あ、いえ……そういうわけではないのですが、このシチューの色……いえ、においはとてもおいしそうなんですが、なんというか……」
ミドリも、こくこくと頷いた。
そう、シチューは赤かったのだ。それも、鮮やかな赤。
こんな色のシチューは二人とも食べたことも見たこともなかった。
「あら? はじめてだったかしらね。ミドリは、もっと小さなころ食べていたのよ。でも、ラハンにきてからははじめてよね」
「ええ、ですから、この綺麗な赤の正体が気になるのですが」
真っ赤なスープの中に、野菜がたっぷり浸っていた。よく見れば、スープを赤く染めた犯人を見つけることができる。なんか、赤い大根みたいなものが入っている。
そう、まるで赤いかみなり大根。
「ラハンでは珍しい野菜よね。テーブルビートというの。シェバトのプラントで収穫されたのをおみやげでいただいたの」
「テーブルビート……?」
はじめて耳にする野菜の名前だった。
「ええ、このシチューにはこのテーブルビートが欠かせないの。今まで、手に入らなかったからつくらなかったのよ。さあ、召し上がってみて」
「はい」
「あ、ちょっと待って」
スプーンを握った二人を、ユイは慌てて制した。
「え?」
「ごめんなさい。サワークリームを忘れたら駄目よね」
ユイは、クリームポットを持ち上げ、シチューの上にとろりとしたサワークリームをかけた。
「では、いただきます」
スプーンを手にすると、シタンとミドリ同時にシチューを口に入れた。
「おいしい!」
やはり二人同時に顔を上げ、ユイを見てにっこりと笑う。
そのそっくりな仕草に「さすがに父子ね」と、ユイは、心の中で吹き出していた。