119:宇宙[ユイ+ヒ]
人は宇宙からきたという説を唱える学者がいたような記憶がある。
今のソラリスの技術力ならば人が宇宙を行く船をつくることは可能なはずだ。
それなのに、ソラリスではその開発許可はおりない。
ヒュウガも冗談で一度許可申請を出してみたが、却下された。
わかってはいたことだった。
寒い。
肌を刺すような冷気に白い息を吐き出し、ヒュウガはぶるりと震えた。それでも、屋内にはいることはせずに飽きもせず夜空を仰いでいた。
ソラリスと違って閉鎖空間に押し込められているわけではないシェバトは、高山にいるのと変わらない。
地上よりは気温が低く空気も薄い。だからだろうか、星明かりもより強いと感じる。
こんな新月の夜はなおのことだ。
地上にはじめて降り夜空を仰いだとき煌めく星々の美しさに驚いたものだが、シェバトから眺める星の輝きはさらに強い。
「そんなに面白いかしら?」
背中からかけられた声に、ヒュウガは振り返り微笑んだ。
「面白いって?」
「いえ、あなたいつもここへ来ると飽きもせずに夜空を眺めているから」
「あ……いえ、面白いとかではなくて、ソラリスでは見ることはできませんので、珍しいというか」
ユイは笑った。
「私はこんな星だらけの夜空は飽き飽きしているわ」
「贅沢な」
眼鏡の奥でヒュウガの目が丸くなりユイを見つめ、ふっと笑った。
「昔、はじめて地上に降りて、星空に感動して『人は宇宙へ出るべきだ』ひらめき一週間ラボに隠って、『宇宙開発計画の有用性』なる企画書をまとめたことがあるんですよ。技術的には難しいとは思えなかったし、今まで何故それを提案しなかったのかと興奮してまとめていました。で、意気込んで提出したのですが、あっさり却下されまして。宇宙開発……という見出しだけで目も通してくれなかったみたいですね」
ユイはくすくすと笑う。
「で? 宇宙に出て何をするのかしら?」
「何……と言われても。それは行ってみないことには」
「私はピンとこないわ。宇宙に出ることが人を幸せにするのかしらね? 星空を眺めていても空腹が満たされるわけではないし、宇宙に出たとしても料理のアイディアが浮かぶわけじゃないわ」
「ユイ……女性はもっとロマンティストかと思っていたのですが、現実的なんですね」
「そう、女が男のように夢想家だったりしたら、人間なんてとっくに滅びているわよ」
「はあ……確かにそうですね」
「そうそう、おじいさまがお話があるって部屋でお呼びよ」
「え? あ、ではすぐに行きます」
慌てて、武術の師でもあるユイの祖父の待つ部屋へと向かう。
「そうそう」
ドアの前で呼び止められ振り返る。
「何か?」
「いえ、たいしたことはないんだけど。人類は進化してこの惑星〈ほし〉でヒトになったのではなくて、宇宙からヒトとして降り立ったという説知っているかしら?」
「ええ、ソラリスでは一切認められていない説ですが、そういった説があることは知っていますよ。大昔人々が宇宙を渡る大きな船で、旅をしてこの惑星に降り立ったのだと。私たちはその子孫であるという説ですね」
ユイは夜空を見上げ話を続けた。
「そうよ、そしてね。このシェバトがその船の一部だったという者もいるわ」
「え?」
ヒュウガはもう一度、宇宙〈そら〉を仰いだ。
――いつか……おいで。
星がそう囁いたような気がした。