118:世界の終わり[カイ+ヒ+ユイ]
不意に曖昧なイメージに襲われる。
それは、一人部屋でくつろいでいる時ばかりではなく、カーラン・ラムサスや他の誰かと談笑している時だったりもする。
音、空気、におい、光、温度、味覚と、まるでバラバラの欠片が雑然とばらまかれたイメージ。
これは、ジグソーパズルのようなものだ。それらの欠片一つをじっと見つめてもは何の意味も見いだすことはできない。でも、きっと正しい場所にはめこんでいけば何かが見えてくる。
少々紛失している欠片があったとしても、その正体がわかるはずだ。
最後の一欠片が手元にない、決して完成することのないジグソーパズルは組み立てる気にもならず放置されている。
もう、何年もバラバラのまま気にかけることもなく。
ところが、最近その欠片が無いことに不安になっている。
今更、何故なのだと自分でも不思議だった。
天帝宮にある謁見の間。
暗黒の空間が無限に広がっていた。頭上ににも、椅子が置かれているはずの床にも。
雑然としたイメージの断片が節操なく宙を飛び交っているのを感じる。
これは、天帝カインの一万年の生の中で蓄積されたイメージだ。
玉座の真向かいに用意された椅子に座り天帝と相対する。
この謁見は二人きり。
誰の干渉も、カレルレンの干渉すら受けぬとカインは言う。
儀礼的にシェバト第三次侵攻作戦の総司令に任命されたことをはじめ細々とした近況を報告する。
だが、ほんの気のゆるみだったのか。“あのイメージ”を幻視した。それは時間にしておそらく一秒より短い。
「ヒュウガよ。疲れたか?」
かけられた声にヒュウガは頭を上げた。
背筋を冷たいものが走った。
「申し訳ございません。決してそのようなわけでは」
「卿にとって、ヒトの行く末など興味は無いか」
声音に変化は無かった。
「いえ、そのようなことは決して……」
言葉で否定しながらも、それが無駄であることは理解している。
息を吐き目を閉じた。
ヒュウガにはカインの意図が掴めない。
こうしてたまに気まぐれのように謁見の間に呼出され、具体性の無い言葉を謎掛けのように一方的にヒュウガに投げかけてくるだけなのだ。ヒュウガの回答も求めずに。
――福音の劫が近づいていると。それまでに神の復活がなされれば、約束された楽園へと永遠の生をヒトは約束される。もしそれがかなわぬのならば、ヒトは原始からのさだめにより滅亡する。
ガゼル方院もカレルレンも同じことを確かに語ったのではないか。
それ以外に何があるというのか。あるいはカインにとってそれは隠喩でしかないのか。
確かに興味が今ひとつ持てないというのは否めない。
原初の定めによりヒトの世界が終わる。それも良いのではないかと思っている自分がいる。
「卿は天帝カインの最後の守護天使となるであろう。だが足りぬ」
足りない?
脈絡の無い展開に混乱する。
謁見の相手はその真意を説明するようなことは決してしない。ヒュウガは諦め一つ息を吐いた。
「もう、下がりなさい」
その言葉にふらりと立ち上がり退室の礼をした。
扉へと向かうヒュウガを天帝は呼び止めた。
「卿は最後の欠片を見つけねばならぬ。そうでなければ、守護天使は務まらぬ」
ヒュウガは驚き振り返り、玉座に座る天帝を凝視した。
仮面に隠された顔が微かに笑んだような気がした。
強い風に長い髪をたなびかせて女が振り返った。敵将を前にして恐れる様子もなく微笑んだ。
最後の一欠片が見つかった瞬間だった。