109:クチビルノスルコトハ?[シグ+ヒ]
ニサン近くの砂漠で停泊中の潜砂艦ユグドラシル。副長であるシグルドの部屋に二人はいた。
アヴェ奪還計画に関する最後の詰め。計画を実行に移すのはいよいよ明後日に迫っていた。
一年以上前から具体的にたてられてきた計画。それなりに綿密に計算されたものだった。その完璧なはずの筋書きをヒュウガは一つずつ確認していった。
「致命的なものではありませんが」
ヒュウガはそう断ってから今までユグドラシルメンバーの誰一人気づくことのなかったこの計画の欠陥を指摘していった。
それを聞きながらシグルドは眉を寄せる。
「どうしたらいい?」
「致命的なものではありまのでそう深刻にならないでください。でも、不安要因は潰していった方がいいのはまちがいいありません。ここ数年のアヴェの気象データはありませんか? それと、気になるのはゲブラー介入のタイミングです」
旧友の唇からすらすらと淀みなく流れ落ちていく言葉。
「重箱の隅をつつくようで心苦しかったですね」
語り終えた彼は、すまなさそうに微笑んで見せる。無造作に散らばった書類を一枚一枚集め重ね、端を揃えるようにトントンと数回机を叩いた。
「いや、助かったよ。おまえがいなかったら気づくこともなかった」
「悪い偶然が重なったりしなければ当初の計画でも問題は無かったんですよ。ほら、私、心配性なもので」
そう笑うヒュウガにシグルドも微笑で応え、ポットに入った紅茶を二つの白いカップに注いだ。
「冷めてしまっているが、最後の紅茶だ」
「ありがとうございます」
ティーカップを受け取ると、ヒュウガは一口紅茶を喉に流し込む。
「こんなタイミングでおまえに再開できてよかったよ。おまえやフェイくんがいなかったら、ここまでスムーズにアヴェ奪還の計画を実行に移せたかどうか。いや、それ以前にマルー様の救出ももっと手間取っていただろう」
「それは過大評価ですよ。あなたのことですから、私がいなくてもいずれアヴェを若くんのために取り戻すことはできたでしょう」
視線を落とせばテーブルに置かれた書類。ところどころ赤いペンで入れられたチェックはヒュウガが書き込んだものだった。
こういったところは昔と変わらない。ユーゲント時代誰もが認めた策士としての顔。
もっともらしい理屈を並び立てにこやかに周囲を煙に巻く。
その言葉に嘘があったとしても、彼の理屈を看破することなど誰もできなかった。シグルドにしろカールにしろ半分は呆れ残りの半分は感心して、休むことなく滑らかに言葉を紡いでいく薄い唇を見つめていた。
あの時、味方でよかったと思った。
この旧友は……嘘をつくとき、とても饒舌になる。
一瞬、不安が胸を掠めた。
カタ……。
ティーカップとソーサーが当たる音で我に返る。顔を上げたヒュウガの黒い瞳がシグルドを見つめていた。
視線がまともにぶつかった。
ヒュウガは眼鏡をはずし書類の上に置きにっこりと笑った。
「どうかいたしましたか? まだ気になる不安材料でも?」
シグルドは苦笑しながら首を左右に振った。
「いや、疲れているだけだろう」
ばかばかしい。
これは味方ではないか。昔も今も。
そうだ、これからもだ。