102:トランス[旧エレ]
碧い宝石のように美しい瞳が大きく見開かれる。
受動性が極限にまで高まるその瞬間、溢れるようなイメージがなんの堰に遮られることなく、一気に流れ込んでくる。
その処理しきれない情報に彼は堪えられない。
ベッドで横になるシグルドに毛布をかけてやる。
ついさっきまで発作で苦しんでいたことが嘘のような穏やかな寝顔。ヒュウガは疲れ切った様子で嘆息した。
「寝たか……」
背後でラムサスがぽつりと言った。
「ええ……落ち着きましたね」
「おい」ラムサスがヒュウガの手首を掴んだ。「血がでているぞ」
「あ、本当だ。さっきひっかかれたんですね」
なんでもないことのようにヒュウガは笑う。
「消毒してやる」
ラムサスは消毒液を取り出した。
発作は軽くなるどころかどんどん頻繁に酷くなっているような気がした。
ドライブ中毒の治療が効果を上げていないのかもしれない。
――ここまで重度の中毒患者で完治した前例などありませんから。
冷たく言い放った担当医。
そんな不安を察してかラムサスが言った。
「ヒュウガ、大丈夫だ」
「カール?」
「おまえもシグルドも、俺が見込んだんだ。このくらいで潰れる筈がない」
「そうですね」
ヒュウガはどこかぎこちなく微笑んだ。
これ以上悪化すると、学校生活を送ることすら難しくなっていく。
「ヒュウガ」
かけられた声に振り返る。
「先輩……、今日はどうしたんですか? 特別講義の臨時講師でも?」
「まあ、そんなとこだが、シグルドはどうした?」
「今日は……というか、今日も休みです」
ジェサイアは大きく息を吐いた。
「発作は……酷いのか? 良くなっている様子は?」
ヒュウガは首を左右に振った。
「私には悪くなっているようにしか見えません。あの担当医……ヤブですよ。シグルドが元被験体だからといって……」
怒りと苛立ちを込めて吐き捨てる。
肩にジェサイアの手がのせられ、ヒュウガは顔を上げた。
アイスブルーの瞳が覗き込んでいた。
「シグルドはうちで預かることにした」
「先輩の家でですか?」
「そうだ。ラケルの提案だ」
「ラケル先輩、ドライブ中毒治療の研究していたんでしたね」
「ああ、医師ではないが、抗ドライブ剤については第一人者といってもいい知識を持っている」
今の治療でこれ以上の効果を望めないのなら、ラケル先輩に頼るしかないのだろう。
たぶん、最後の手段だ。
「それが一番いい方法なのかもしれませんね」
ぽつりと言って、ヒュウガは俯いた。
あの部屋からシグルドがいなくなる。
そう気づいた途端、たまらない不安がヒュウガを襲った。
頭をぽんぽんと軽く叩かれ顔を上げた。
「寂しいか? でも、おまえ、疲れ切った顔をしているぞ。このまま一緒にいてもお互い傷つけ合うだけだ。なあに、シグルドがいれば、おまえもカールもうちに遊びにきやすくなるだろう。ラケルも俺もいつでも歓迎だ。もちろんビリーも喜ぶ」
そうか……、なんだ寂しかったんだ。
ヒュウガは立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「先輩、シグルドをよろしくお願いします」