098:週末の過ごし方[ヒ+ラム]
シグルドが自らの意思でソラリスを脱出したことを知るものは少ない。ユーゲント生ではヒュウガとカールくらいだ。
生徒たちの動揺を避けるため、公式にはドライブ中毒の悪化ということで入院したということにこうことになっている。
このまま彼が帰ってこなくても――つまり、ラムズの一人や二人廃人になったとしても――誰も気に留めないだろう。
今週末どうしよう。
ヒュウガはいつも隣の席にいる友人に予定を訊ねようと首を回した。
「シグ……」
その友人の名を呼びそうになって、はっとする。
バカなことを。いくらなんでもどうかしている。
彼がソラリスを発ってもう二週間になろうとしているのに。
何を未練がましいことをしているのかと自嘲する。
あれほど荒れていたカールでさえ、表面的には平静さを取り戻してきている。
これはミァンの存在が大きい。
しかも、ヒュウガやジェサイアが前々から知っていたのに、カールは直前まで何も知らされていなかった。
このことは、ヒュウガやジェサイアに対する猜疑心を芽生えさせてしまったかもしれないと思う。
もう、昔のように心を許してはくれないかもしれない。
ソラリスの変革、理想国家の実現と、三人同じ未来を夢見ていると信じていた。
だから、いつも一緒だった。
授業や任務の無い週末は、夜を徹して激しい討論をしたりバカ言い合ったりで三人一緒のことが多かった。
ヒュウガにとっても、それはとても居心地の良い場所だったのだ。
講義が終わり、教室の前でカールを待つ。
「カール」
「なんだ、ヒュウガか。何の用だ?」
返ってきた声音はどこかよそよそしい。
「いえ、今週末の予定ですが、よろしかったら……」
「悪いが先約がある」
あまりにも、素っ気ない返答。最後まで言わせる気はないらしい。
駄目もとで訊いてみたとはいえ、いかんともしがたい埋めることの適わぬ溝をつきつけられたように感じて愕然とする。
先約の相手は誰なのか簡単に見当はつく。
カールとミァンが親密になったのは、シグルドがソラリスを出奔した直後だ。
まるで推し量ったようなタイミング。
ひっかかるものを感じないでもないが、これは単純に自分の嫉妬心からきているのだろうとヒュウガは浮かんだ考えをすぐに否定する。
男と女のことだ。数式のようにいくはずはない。
遠ざかっていくカールの背中を見つめ、ぼんやりとそんなことを考える。
「ヒュウガ・リクドウ」
後ろからかけられた声に、振り返る。
講師が一枚のメモを差し出した。
ちらりと見て顔を上げる。
「これは?」
「ああ、講義中連絡が入った。このままゲブラーの兵器開発部へ寄ってくれということだ。今までもアルバイト的に通っていたようだが、正式にスタッフに加わってほしいということらしい。おめでとう、がんばりたまえ」
「はい」
「どうしたのかね。浮かない顔をしているが、気が乗らないのか?」
「あ、いえそんなことはないです。前々からの希望でしたから。ありがとうございます」
ヒュウガは愛想良くその講師に微笑んでから、ぺこりと頭を下げた。
確かに、これで忙しくなる。
週末どうしようかなど悩む必要もなくなるくらい。
それは、ありがたい。
ありがたいのだが、これも、また推し量ったようなタイミングだ。
まあ、考えても仕方ない。
ヒュウガはメモをくしゃくしゃと握りしめると、ポケットへつっこんだ。
そして、兵器開発部へ向かうために、ユーゲントを後にした。