095:夜明け[ジェシ+ラケ]
「おかえりなさい、ジェス」
「ああ、ただいま」
夜遅く玄関で出迎えた妻を抱きしめる。
「ビリーとプリムは?」
ラケルはくすりと笑う。
「何時だと思っているの。もうとっくに寝たわ」
「そりゃそうだよな」
シャワー室から出れば、ラケルがタオルをぱさりとジェサイアの頭にかぶせた。
「で、シェバトへは?」
ジェサイアは苦笑し首を横に振ってから頭をごしごしふいた。
「なんとか三賢者ガスパール率いる地上ゲリラ軍に潜り込み一応、信頼は得た……と思うのだが、はぐれた」
「はぐれた?」
ラケルは目を丸くして素っ頓狂な声で言った。
「まったく、間抜けな話さ」
「そうね、あなたらしいというか。最後の詰めが甘すぎるのよ。毎度のことながら」
くすくすとラケルは笑う。
「面目ない」
ラケルに手渡されたグラスの酒を口に運ぶ。
「で、これからどうするの?」
「しばらく、おとなしくしていることにする」
「何故?」
「少々派手にやりすぎた」
「シェバトに荷担したことがバレバレだったのね」
「ああ、そうだ。今までは実害がないだろうと思われいたから放置されていた。追跡する手間を考えたら放置したほうがましということだったらしい」
「そうだったの?」
「ヒュウガ情報だからたぶん間違いないだろう」
「ヒュウガ君に会ったの?」
「まあな、シェバト侵攻作戦の総司令があいつだ」
「それが、何故あなたに情報を? 何のつもりなの?」
「話すと長くなるが、やつは完全に敵というわけじゃない」
「では味方なの」
「いや、完全に味方というわけでもない」
「そうなの……何か事情があるのね」
ジェサイアは嘆息混じりに言った。
「バントラインを強奪したのが、致命的だったかもなぁ」
「バントライン? よりによって何故あんなものを」
ラケルの目が再び丸くなる。
「まあ、成り行きで……」ジェサイアはグラスの酒を一口喉に流し込む。「ソラリスは正式にジェサイア・ブランシュをお尋ね者として扱うことにするだろうということだ。いずれにしろここはソラリスにまだ知られていない。だが、いつおまえたちに危険が迫るかわからない。しばらく、おまえたちを守ることに専念することにした」
少しの沈黙の後、ラケルの凛とした声が耳に響いた。
「駄目よ」
ジェサイアは顔を上げラケルを見た。
「ラケル?」
「キリがないわ。それを考えていたらもうシェバトへ接触することなど一生できない。あなたが動かなければ何も進展しない。これからずっとただ逃げまわるだけ? そんなのごめんよ」
「ではどうしろと?」
「もう一度、シェバト工作員と接触することを考えて。ソラリスが危険視しているのはあなたよ。だから、あなたが足跡を追っ手は追うはずよ。私たちは二の次。実害が無いのだから」
「俺は少々派手に足跡を残しながら行動すればいい……というのがおまえの提案か?」
「そうね。でも、わざとらしくならない程度にね」
ラケルはジェサイアの頬に手のひらをあて微笑んだ。
ジェサイアはラケルの顔を凝視する。
――いや、駄目だ。
――それはあまりにも危険過ぎる。
――そんな都合良く連中が動いてくれるとは限らない。
そう言わなければいけないと思った。
だが、強い決意を感じさせるラケルの瞳がまっすぐジェサイアを見つめている。そして、ジェサイアに決断を迫る。
――覚悟を決めなさい。
――他に方法があって?
ジェサイアは苦渋の表情を浮かべ目を伏せた。
「子どもたちを頼む。明日夜明け前に発つ」
それだけを言うのがやっとだった。
そんなジェサイアをラケルは優しく抱きしめ口づけた。
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