086:おもちゃ[ヒ+ラム]
ユーゲントの食堂でコーヒーを飲みながら、ラムサスが言った。
「おもちゃにするって、どういう意味だ?」
「何、唐突なことを訊いているんですか」
「昨晩のことだが、ある後輩の女性に泣かれたんだ。『私のことおもちゃにしたのね』ってな」
ヒュウガはラムサスの方を振り返り言った。
「誰です? その女性は」
「相手のプライバシーの問題もあるから、言えん」
まあ、それはそうだ。
「で、何が知りたいんですか?」
「だからだ、おれは彼女をおもちゃと勘違いしたことはない。普通に人間で後輩だと思っている。人体改造をかけて、おもちゃにしようなどという発想は無いし。というようなことを説明したら、延々と泣かれた……というか、最後には怒っていた」
ヒュウガはさらにまじまじとラムサスの顔を見た。が、ふざけているわけではないらしい。
たぶん、怒っていた……というよりも、呆れていたになりかねない。
いや、日頃のカーラン・ラムサスの優秀さを考えれば、からかわれていると思われても仕方ない。
本当のところは、いつものマジボケなんだろう。
ヒュウガは嘆息した。
「カール、この場合の『私のことをおもちゃにしたのね』というのはですね、正確には『おもちゃを扱うように私を扱ったわね』ということで、つまり暗喩であるわけなんです」
今度はラムサスの目が丸くなる。
「そういうことだったのか……」
「通常、女性が男性に向かってそういった言葉を吐くときは、『私のことを好きでも無いくせに、遊び目的でつきあっていたのね』といった意味になりますね」
「いや、別につきあっているつもりはないが」
「では、その女性とはどこまでいきましたか?」
「どこまでって?」
「ですから、手を繋いだとか、キスをしたとか、それ以上……とか」
ラムサスは顔を赤らめて答えた。
「ちょっとまてよ。俺は彼女に色々相談されたからアドバイスをしたに過ぎない。手も繋いだことはないし、ましてやキスなど……」
まあ、そりゃわかるんですけどね。
ヒュウガはにっこりと笑う。
「あまり、気にしないことですよ。たぶん、かなり思いこみの激しい女性なんだと思います。普通でしたらそのくらいで、『おもちゃにされた』などと騒いだりしませんからね」
ラムサスは自分の勘違いにすっかり項垂れ言った。
「ありがとう、ヒュウガ。一つ勉強になった」
でも、本当はカールこそが一番おもちゃにされやすいタイプなんですけどね、とヒュウガは思う。
そんな本心はひた隠しにして。
「いえいえ、どういたしまして、カール」と食えない笑みを浮かべた。