082:メイク[ブランシュ一家]
「ねえ……ねえ、ママ……。あのね、あのね」
小さな息子は母親に何かを訴えたいのだが、気持ちだけが先走って、言葉がそれに追いついていかない。舌が回っていないのだ。
ラケルはそんなビリーにヒントを与えながら根気よく話を聞く。
ジェサイアはそんな二人のやりとりを黙って眺めていた。
やっと、話したいことが伝わって満足したのか、ビリーはにっこりと笑った。
眩しいくらいの笑顔。思わず見とれた。
その笑顔を見れば、心より幸せな気分になれる。そんな笑顔だ。
「あいつらも、子どものころはこんな風に笑ったことあったのかねえ」
ジェサイアは三人のくそ生意気な後輩達を思い浮かべて、ため息をついた。
生意気な後輩達とは、カール、シグルド、ヒュウガの三人のことだ。
連中の面倒をみることになって、まだ一ヶ月。ただの貧乏くじだ。
いや、そもそも好奇心からカールに近づいたのが運の尽きだ。
カールもシグルドも笑っているところを見たことはない。
カールなど、どんな気の利いたギャグをとばそうが仏頂面で応えてくれる。
シグルドは、まだドライブ中毒の後遺症に苦しんでいる。
笑顔が戻るのはその後だろう。
いや、こいつらはまだいい。
笑わないから、かえって分かりやすい。
問題はヒュウガだ。
いつもにこにこと笑っていやがる。
楽しいわけでもないだろうに、微笑みを絶やさない。
そんなつくりものの笑顔を見ているとイライラする。
あー、やだやだ。面倒くさい。
ジェサイアは渋い顔をしてテーブルに頬杖をついた。
そんなジェサイアの顔をラケルは覗き込んだ。
「なんか、冴えない顔ね」
「……あ? まあな」
気のない返事をして、顔を上げる。
ラケルはくすりと笑った。
「最近……正確に言えば、シグルド君やヒュウガ君とつきあいだしてからずっとそんな顔をしているわ」
「そうかもな」
「誰かの面倒見るなんて、あなたには向かないのよ」
「わかっている」
「もっとも、彼らは優秀すぎて、あなたとしては手放すのは惜しい……といったところね」
「確かにあいつらの能力を他の連中に使われるのは、一番避けたいよなぁ」
と、結局連中と付き合い続けるしかないという結論に落ち着く。
「あきらめなさい、腹を括ることね」
そう言いながら、ラケルは楽しそうに笑った。
「ねえねえ、パパ……」
夫婦の間へ今度はビリーが割り込んできた。
ジェサイアの膝の上によじ登って、顔を覗き込む。
「なんだ? ビリー」
「なんでもなーい」
そして、何が面白いのか、きゃっきゃっと一人で笑い続けていた。
そんなビリーを膝に抱き、頭を撫でながらジェサイアはぽつりと言った。
「今度、あいつらに笑顔の作り方を教えてやってくれると、パパ助かる。頼めるか?」
「うん!」
ビリーはそう元気に応えると、また最上の笑み浮かべた。