081:ピアス[シタ+フェイ+バル+シグ]
「シグルドはまだピアスしたままなんですね」
アジトの食堂で、紅茶をすすりながらシタンがぽつりと言う。
フェイとバルトが同時に顔を上げた。
「ふーん、先生とシグは昔からの知り合いだったらしいけど、そんな昔からピアスしていたのか」
「え? ええまあ」
バルトの質問に、曖昧に笑ってごまかそうとする。そんな、シタンの顔をじーーっとバルトは見つめた。
「まあな、シグは話そうとはしないんだけどさ、俺の知らない過去が色々ありそうだからな。水くせえとも思うけど、詮索しちゃ悪りぃしよ」
そこへフェイが口を出した。
「シグルド……なんで、いつも腹を出しているんだろう。腹を出していなければ臍のピアスも見えることないんだけど、ピアスを見せたいからなのかな」
しごく真っ当といえば真っ当な疑問である。
「た、確かに……。俺、物心ついてから臍ピアスのシグしか見ていなかったから、それが当たり前だと思って、何の疑問も感じなかった。臍だしているやつなんて、シグくらいしか、俺知らないぞ」
と、バルトまで腕を組み、難しい顔で悩み始めた。
「シグルドって、もしかして、露出狂? ナルシスト? だって、普通腹を出していたら、冷えて下痢するだろう? 俺は寝相が悪くて腹出してねたりした朝はしっかりくだっているもん」
「あ、俺もだ。シグはなんで平気なんだろう? シグってもしかして……」
そこまで言いかけたバルトをシタンは遮って口を挟む。このままではシグルドは変態扱いだ。
「いえいえ、違うんですよ、若君、フェイ」
「どういうこと? 先生」
「シグルドが腹を出すのは、深い意味があります」
眼鏡を人差し指で軽く持ち上げ、もっともらしく言った。
しかし、深い意味って何なのかシタンもまったく心当たりは無い。
「何なのさ、教えろよ。シグの臍出しの意味を」
じっと、シタンを見つめるバルトの青く澄んだ瞳は、真剣そのものだ。
「ええと……そのですね」
と、少し考えてから、苦し紛れに思いつきのいい加減なことを口にした。
「つまり……シグルドの一族の話なんですが、実は腹で体温調整をやっているんですよ」
「体温調整??」
フェイとバルトが声を揃えて聞き返した。
「そうなんです。腹がラジエーターの役目をするんです。だから、腹を覆ってしまうと、熱が身体にこもり、やがて体温が上がりすぎて体調に不調をきたすという問題があります」
すべて口から出任せである。
「ピアスは何の為なの?」
と、フェイ。
「ピアスはですね、冷却機能をより高める働きがあるんですよ」
「そ、そうなのか……。俺……シグのこと何も知らないんだな」
「まあ、シグルドにしてみれば、若君に心配かけたくなかったのでしょう」
うなだれるバルトをシタンは慰める。
「シグ人知れず大変な思いをしていたのかもしれないなぁ」
「俺……シグルドのこと、露出狂とかナルシスト……なんて、酷いこと言っちゃったな」
とフェイとバルト二人そろって落ち込んだ。
二人の様子に、シタンはほっとして紅茶を口に運んだ。
その夜……。
「ヒュウガ!! ヒュウガはいるか?」
アジトの食堂で食後の紅茶を飲んでいたシタンの元へとシグルドが、駆け込んできた。
「シグルド、どうしたんですか? 血相を変えて」
シグルドは宝石のように美しい青い瞳でシタンをぎろりと睨んだ。
そして、いきなりシタンの腕を掴み、引っ張っぱり食堂のドアまで引きずっていった。
「何をするんですか。痛いですよ」
思わずシグルドの掴む手を振りほどいてシタンは言った。
シグルドは振り返った。
「おまえ……、若に何をふきこんだ?」
あ……?
やっと気が付き、シタンは努めてにこやかな笑顔をシグルドに向けた。
「何って、あれはあなたのためを思って……」
「ほう、俺のためだと? では、ゆっくりと言い訳を聞かせてもらおうか」
もう一度腕を掴まれる。
覚悟しないといけないですね。まったく、説教されるのはユーゲント以来かな。
若君がらみだと大人げなくなる……それが、なんとなくシグルドらしくて微笑ましい。
シタンはシグルドに引きずられながらそんなことを考えて笑った。