067:曇り空[ジェシラケ+シグ]
アクヴィエリア。
崖に立ち青い海を眺めた。
白い波頭が岸壁に打ち付けられ、くだけていく。
海の日差しは強烈だ。
海面で乱反射した光が目に刺さる。その眩しさにジェサイアは目を眇めた。
ガゼルはもともと太陽光に弱い。
――おまえの瞳は特に紫外線に弱い。外へ出るときはコンタクトかサングラスを忘れるな。
――それは、あなたも同じよ。
――まったく、ガゼルってモンは劣性人種だな。
――同感よ。地上にいるとつくづくそう思うわ。
妻とかわした何気ない会話を、妻の笑顔を思い出していた。
守れなかった。
守りたかったのに。
そんな俺を彼女は鼻で笑い飛ばすだろう。
傲慢だと。
――子どもは私が守る。だけど、あなたに私を守ることはできない。私を守れるのは私だけ。覚えておいて、あなたが干渉できる他人の人生なんて無いのよ。私も含めてね。
俺は、俺の道を行くしか無かったのだ。
それでも、守れなかったのは俺の罪だ。いやそう思いたかった。
あの男も死んだ。
生まれて初めて出会った親友と呼べる男だった。
立ち止まるな、振り返らずに前へ進めと。
何人も目の前で死んでいった。
俺はそうして、罪を重ねていく。
娘は言葉を失った。
何もまともに見えちゃいない息子は、あの男に心酔している。
そして、俺が父親であることを信じてはいない。
今は何を言っても無駄だ。
すべて、自分にくだされた罰ならば、甘んじて受けるしかない。
それでも、恐れず生きろとラケルは言うだろう。
「ジェシー先輩……」
背後からのよく知った声に振り返らずに応えた。
「なんでぇ、シグルドか。副長が持ち場を離れていいのか?」
「俺だって、たまには陸に上がりますよ」
ジェサイアは振り返りシグルドの顔を見る。
「まあ、おまえはあまり変わらんな」
シグルドは笑った。
「先輩は、変わりましたね。ヒュウガに指摘されなければ先輩だって気が付きませんでしたよ。もっとも変わったのは人相だけみたいですが」
ジェサイアは鼻を鳴らした。
「まったく、冷てぇ後輩だよ。もっとも息子も俺が父親かどうかって疑ってやがるんだから、無理もないか」
「ビリーは、昔からラケル先輩似だと思っていましたが、娘さんに会ってもっと驚きましたよ。ラケル先輩そっくりなのに」
ラケル……。
他人の口から発せられるその名は、鋭く胸に突き刺さる。
「ジェシー先輩?」
呼ばれて我に返れば、シグルドが顔を覗き込んでいた。
「すみません、俺……」
ジェサイアはにやりと笑った。
「まあ、あれだ……」ジェサイアは頭をぼりぼり掻く。「今、ラケルがいれば喜んだだろうな。おまえにずっと会いたがっていた」
「俺も……本当に会いたかったです」
ジェサイアは黙って空を仰いだ。
さっきまで晴れていたはずの空は、一面雲に覆われていた。
シグルドもつられて空を見た。
「おや、曇ってきましたね。降られる前に、そろそろ戻りましょう」
――せっかく、ソラリスには無い明るい太陽光の下にいるのに、地上の日差しは疲れるわ。こんな曇りの日はほっとするの。陽の光が苦手なんて、私たち、まるで罪人のようね。
「ラケル……」
ジェサイアはシグルドに聞こえぬほど小さな声で妻の名を呼び、黙祷した。
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