063:フラッシュバック[ラム+ミァン+ヒ]
「こっちよ……」
薄暗い路地で、女が妖しく微笑み手招きをする。
俺は誘われるまま女に近づいた。
人通りのほとんど無い廃棄物処理場。
ぬるりとしたものが足首に触れた。
醜い肉塊。
なんだこれは?
背筋に悪寒が走った。
恐怖に凍りつく。
顔を上げる。
女が……インディゴブルーの髪の女が、満足そうに目を細めた。
――それでいいのよ。ぼうや。
違う……違う……これは、俺の記憶ではない。
だが、あまりにも鮮やかに目の前で再現される。
あの時感じた恐怖すら。
何故だ?
何故あの少年の、自分が捕食した少年の記憶を……意識を、己のそれとして見せつけられるのだ?
ラムサスはグラスの酒を一気にあおる。
不意に手首を掴まれ顔を上げた。
「カール。あまり良い飲み方とはいえませんね」
ラムサスは片側の口の端を上げた。
「ヒュウガか……。明日は非番だ。少しくらいいいだろう」
ヒュウガは眉をひそめる。
「だからといって……」
ゆっくりと、隣のスツールに座った。
バーテンダーがヒュウガの前に好みの酒が注がれたグラスを置いた。
エテメンアンキのはずれにある静かなカウンターバー。
落ち着いた高級店であるために、上流階級の客がほとんどだった。
「過去、三ヶ月まで遡って、カルテからあなたに処方された薬物類を抽出分類してみたのですが……」
ラムサスの眉がぴくんと動いた。
「ヒュウガ……、プライバシーの侵害だぞ」
「すみません。心配だったもので」
「で、何かわかったのか?」
ラムサスはヒュウガの方を向く。黒い瞳が心配そうに見つめていた。
「人によって許容量は違うけれど中毒性の強い薬剤が一つありますね。特にアルコールとの相性が最悪だ。このまま続けると……」
なるほどな……とラムサスは思う。
「どうなる?」
「強い幻覚作用。過去にあった負のイメージがフラッシュバックする」
ラムサスは鼻で笑い、グラスの酒を干した。
グラスの中で氷が鳴った。
「どうしても、薬が必要でしたらもう少し安全な組み合わせを考えますから……」
「ああ、おまえに任せる」
その時、ドアが開き軽い足音が近づいてきた。
「カール。待たせたかしら」
「どうやら、お待ちかねの女性がいらしたようですよ。私は失礼します」
ヒュウガは空になったグラスを置いて、スツールからおりた。
「あら? ヒュウガ……。偶然? 今夜は一緒に飲めるのかしら?」
「久しぶりですね、ミァン。私は今帰るところです」
「そう、残念ね」
「カールはあまり体調が良くないようですので、気をつけてあげてください」
「ええ、お気遣いありがとう」
ヒュウガがドアの外へと出るのを見送ってミァンはスツールに座る。
「体調が良くないのなら、早めに帰ったほうがいいわね」
振り向けば目があった。
インディゴブルーの髪を掻き上げ、女はラムサスを見つめ微笑んだ。
満足そうに目を細めて。
――それでいいのよ。ぼうや。
そうインディゴブルーの瞳が囁いた。