061:依存症[シグ+ヒ]
――だって、これ嫌いだもの。
――ヒュウガ、わがままを言うんじゃないよ。貴重な食料なんだ。ちゃんと食べ少しでも丈夫な身体をつくらないと皆が心配するだろう。
「ヒュウガ……。起きろ、遅刻するぞ」
「……兄ちゃん。あと十分……」
「何が“兄ちゃん”だ! 俺はシグルドで、お前の兄貴じゃない! 寝ぼけてないでさっさと起きろ!」
いきなり毛布を剥がされる。
薄目を開けると青い瞳が見下ろしていた。
シグルド?
ぎょっとして目が覚めた。
こともあろうにシグルドを兄と勘違いしたらしい。
まいったな。
ヒュウガはゆっくりと上半身を起こしながら、毛布にくるんだ膝を抱える。
照れ隠しに曖昧に笑って見せる。
シグルドはきっちり身支度を整えている。
褐色の肌に銀髪に美しいブルーの瞳が印象的なルームメートはユーゲントの制服がよく似合う。
「俺は先に食堂に行っているからな」
ドアが閉まった。
ヒュウガはのそのそとベッドから起き出し、洗面を済まし、制服を取り出した。
カール達に拾われ、ユーゲントに入学させられてから半年くらいになるのか。
食べるもの、着るものの心配も、読む本がなくなることの不安も感じることはない。
ここでは、誰にも咎められることなく勉強できる。興味を惹く研究テーマなどいくらでも見つけることができる。
好奇心の対象は無限であり、ヒュウガの知識欲を満足させた。
安定した生活。
なのに最近失った家族の夢を毎晩のように見させられる。
今朝だって。
貧しくても愛されていた。そんなまだ幸せだったころの夢。
だから、目覚めたときの喪失感もまた大きい。
朝食か。
食欲もないしなによりも面倒くさい。
早めに、講義室に入り、昨晩読みかけたまま眠ってしまった本でも読んでいよう。
そう自分で決め、部屋を出ようとドアを開ける。
眼鏡の奥で黒い瞳が丸くなった。
「シグルド……? 先に食堂に行ったんじゃないんですか?」
シグルドは無表情のままヒュウガをちらりと見た。
「お前……。朝食抜くつもりだったろう?」
図星をつかれて意味もなく内心むっとする。
が、それを気づかせないように、口許に微笑を浮かべおっとりと言葉を返す。
「食欲がありませんので、このまま教室に行っちゃおうかと思って」
シグルドは無言のままヒュウガの手首を掴むとぐいと引っ張る。
「シグルド!?」
「食堂行くぞ」
「だから、食欲が無いんですよ」
「駄目だ。おまえ、二日に一回は朝食とっていないだろう。そういうことだから大きくなれないんだ」
「なんで、あなたはそうお節介なんですか」
「ああ、自分でも理解できないさ。おまえが飢えて死のうが、大きくなれなかろうが、俺の責任じゃないのにな」
ヒュウガはシグルドの腕をふりほどいて苛立ちを含ませ言った。
「でしたら、放っておいてください」
「そうは、いくか。そんな生活習慣つけたんじゃ後々心配だろう」
あなたには、関係ない……そう言おうと振り返り顔を上げる。
シグルドとまともに視線がぶつかった。
青い瞳がきつく睨んでいる。でもどこか心配そうに。不安そうに。
奇妙な既視感に襲われヒュウガは目を閉じ軽く頭を振った。
何も言えなくなった。
「どうした? 朝飯食う気になったか?」
ヒュウガは負けを認め薄苦笑いを浮かべた。
「すみません……。気を遣わせていたみたいで」
シグルドは嘆息して言った。
「ああ、俺だってどうかしていると思うさ。おまえが元気でちゃんと成長できているかどうかを管理することが自分の義務のような気になっている。ラケル先輩には俺の地上での生活が何か関係しているだろうとは言われているんだけどな」
ああ、なんとなく腑に落ちた。
自分は、シグルドに面倒を見てもらっていること、心配してもらっていることが心地よかったのだ。
だから、無意識のうちに心配をかけるような行動にでていたのかもしれない。
でも、シグルドは本当な地上に気にかけている大切な人がいるのだと。
「これからは、ちゃんと朝食を食べますから、許してください」
ヒュウガはシグルドの肩に手をのせ笑った。