041:変。[ヒ+ラム]
エテメンアンキのバーで案の定、良く知った男の金色の髪を見つけた。
背後から近づけば、男は振り返りもせずに言った。
「いつ戻った? ヒュウガ」
「今し方ですよ、カール」
ヒュウガはラムサスの隣のスツールに腰をおろした。
ラムサス越しにインディゴブルーの髪の女性がヒュウガに微笑みを向けた。
「今回も手柄だったみたいね、ヒュウガ。さすがだわ」
「やあ、ミァン、お邪魔します。……陥落させるには至りませんでしたけれど」
「ふん、あれはもう堕ちたも同然だ。今後戦力を蓄える余力もないだろう。あとは、いつでもひねりつぶせる」
「カール、ありがとうございます。実は、叱られるかと心配していましたから」
「またそういった見え透いたことを」
そんな二人のやりとりを笑ってみていたミァンは、氷だけ残ったグラスをカウンターテーブルにそっと置いた。
「カール、私は失礼するわ」
「ああ、明日は遅刻するなよ」
ミァンは微笑み、軽くラムサスに口づけた。
「ヒュウガ、またね」
すとんと軽くスツールから降りドアの前で手を振った。
そんなミァンの後ろ姿をドアが閉まるまで見送って、ヒュウはラムサスの手元のグラスを指し「同じものを」とバーテンダーに言った。
「ミァンには、気を遣わせてしまったようですね」
「かまわんさ。おまえとこうして酒を飲む機会は最近は滅多にない」
「そうですね」
バーテンダーから手渡されたグラスを受け取り一口喉に流し込んだ。
「ああ、ほっとする」
ラムサスはカクテルピンにスタッフドオリーブを一つ刺して、ヒュウガにもすすめる。
「なぜ、お前一人帰還が遅れた? しかも単独行動だったそうじゃないか。不用心な」
「ちょっと調べたいことがありましてね」
と言いながら「眠いな」と欠伸をする。
「ジェサイア……か?」
「ええ、まあ。案の定というか、シェバト側についていましたよ」
「ふん、まったく俺たちを裏切ったと思えば、さっさと敵につくか」
「で、会えたのか?」
「いえ……。そのかわりに、スタインに妙なところところで遭いました」
空になったグラスに酒を継ぎ足し、ラムサスはヒュウガの方を向いた。
「スタイン……。確か、ジェサイアが離反してから自ら希望して地上に降りたと聞いたが」
「ええ、あれほど執着していたゲブラー総司令の座より、憎い先輩を追うほうが彼にとって価値があったのでしょう。理解できませんが」
「正式にジェサイアを捕獲するという望みはカレルレンに一蹴されたと聞いている」
「あのころは、先輩はあまり危険視されていませんでしたから。……今回、派手にこちらの邪魔をしてくれましたからね。さすがに無視もできなくなった」
「バントライン奪われたって?」
「みたいですね」
「人ごとだな」
「あんなもの、盗んでどうするんだか」
そういいながら、ヒュウガは楽しそうに笑い、先ほどより強い酒を求めた。
「ヒュウガ……」
「はい」
「変だぞおまえ。妙に楽しそうだな」
「え……?」
「女でもできたのか?」
一瞬きょとんとした表情を浮かべ、ラムサスをまじまじと見る。
そして、くっくっと声を殺して笑う。
「何を言い出すかと思えば、まったくあなたという人は。ずっと戦場という極限状態の中にいて、やっとこちらに帰ることができたのです。少々ハイになるのは普通のことですよ」
「おまえが、極限状態だと?」ラムサスは鼻で笑う。「まあ、いい」
その表情を横目でちらりと見て、案外この男も勘は悪くないのかもしれないとヒュウガは思う。
グラスを握りしめる。
指から熱が奪われる。
その冷たさに意識を奪われ目を閉じた。
あの空中に浮かぶ白い都市国家の、あの冷たい風が頬をかすめたような気がした。
そしてその風に吹かれる女の薄茶色の髪と、ぱさぱさと翻るスカートの裾を瞼に浮かべた。
※この話に関連するお題は時系列順に以下のとおりになっています。