039:ドラッグ[シタ+シグ+ジェシ]
「駄目ですか? シグルド」
「ああ、熱がどんどん上がっている」
「うーん、あの人が風邪をひくなんてねえ、なんとかは風邪ひかないはずなのですが。鬼の霍乱といったところでしょうか」
本気で言っているらしいシタンに「そりゃ言い過ぎだろう」とシグルドは苦笑する。
「まあ、そのおかげで、船内は静かだし酒の消費は抑えられるしで、悪いことばかりではないがな」
シグルドの言いようもあまり人のことを言えた義理ではない。
「まあ、今程度の熱なら下手に解熱するよりも自然にさがるのを待ったほうがいいでしょう。免疫力を高める煎じ薬でも持っていきますか」
「ああ、俺も氷嚢を持っていこう」
ということで、二人そろってジェサイアの見舞いに行くことにした。
ジェサイアが臥せっている部屋をノックしようとしたとき、
「がははは……」
そのけたたましい笑い声にシグルドの手が止まった。
室内が異様に盛り上がっている。
「す、す、すげーなこれ。見るからに」
バルトの興奮した声が聞こえてくる。
「おおう、これ以上の傑作はお目にかかったことはないな、俺でも」
とても病人とは思えない元気な大声を張り上げる父親に息子は完全にお怒りモードだ。
「お、親父ぃ。いい加減にしてよ」
「何言っているんだよ。俺の息子のくせにノリが悪いぞ。少しはこの王子様を見習ったらどうだ?」
まったく乗ってこないビリーをバルトはからかう。
「ふん、お子さまにはわからない世界だよな。なあフェイ」
「これ飲むとそんなに気持ちよくなれるのかい? 親父さん」
フェイも控えめに乗り気ではある。
「もちろんだ。これはイッパツで昇天できるんだ。快感だぜー」
「じゃあ、花札で負けたやつが飲むことにしようぜ」
ま、まさか。
そこへシタンの冷静で決定的な一言。
「ああ、先輩どっかから非合法のドライブでも手に入れてきたんですかねえ」
シグルドの顔から、さーっと血の気が退く。そして次の瞬間思いっきりドアを蹴り飛ばしていた。
「じゃあ、花札配るからな、勝……」
四人の視線がいっせいにドアの方を向いた。
「若っ!! なんてことを」
血相変えて入ってきたシグルドのただならぬ様子に、バルトはただ目を白黒させている。
「シグ……何慌ててんだよ」
「先輩も先輩です。いったいなんていうものを若に。若に若に、もしものことがあったらどうするんですか!?」
ジェサイアは、その迫力に気圧され、「落ち着けよ」だけ言うのがやっとだった。
一方シタンはそんな周囲のやりとりを無視して、サイドテーブルにあるどす黒い謎の液体を、じっと観察する。
「これが、落ち着いていられるか」
「シグルド」
シタンがシグルドの肩に手をのせる。
振り返ったシグルドの、目の前にその正体不明の液体が半分ほど入ったグラスを差し出した。
シグルドは凝視する。
「これは? ドライブじゃない……?」
「あったりまえだろう」
ジェサイアは頭を抱えた。
「で、先輩。これの処方ですが、青汁、しるこ、スポーツドリンク、トマトジュース、つちのこの血、キムチ汁少々、タバスコ、わさび……をウォッカで割っている……というところでしょうか?」
「ふん、お見通しじゃねーか」ジェサイアは舌打ちした。
「まあ、確かにドライブと違って中毒性も習慣性も無いですし、さほど身体に悪そうなものは入っていないようですね」
シタンはにっこり笑って、そのグラスをジェサイアの手に握らせ、運んできた煎じ薬を注いだ。
「免疫力を高める薬を混ぜました。ちゃんとお飲みくださいね。自分でも飲めないようなものをつくったわけじゃないでしょうから。それとも、花札でいかさまをしようなんて考えていましたか?」
五人の視線がジェサイアに集中する。
引くに引けない。
ジェサイアは一気に干した。
あっさり昇天した。