036:電話[ジェシ+ヒ]
「だから、いりません」
手に強引に握らされた携帯をジェサイアに返そうとする。
「シグルドやカールはすぐに受け取ったぜ。あると便利だ」
「ユーゲントから一人一台渡されていますし」
「あれは、一方的に呼び出すおよび監視の目的で持たされている」
受け取ってもらえない携帯を仕方なく握りしめたまま、ヒュウガはぽつりと訊いた。
「これとどう違うのです?」
「だから、こっちはおまえらが好きに遊びで使っていいんだよ。カールやシグルドに連絡を取りたいとき、便利だ。それに、支給されているものと違ってメールもネットもチケットの予約もできる。さらに、音楽も聴けるし、ゲームもできる」
「音楽やゲームもですか」
ヒュウガは顔を上げ、初めてジェサイアへ顔を向けた。
黒い瞳がきらきらと輝いていた。どうやらヒュウガの好奇心を刺激したらしい。
無理もないか。こちらへ来てからまだ一ヶ月も経っていない。
どんなに頭がよくても彼は第三階級で暮らしていた。
最新の機種など見ることもなかっただろう。
「こんなに小さいのに、そんなに多機能だなんて。中はどうなっているんだろう?」
「おい、バラすなどと考えるんじゃないぞ」
「駄目ですか?」
「当たり前だ。一度バラせばサポート対象外になってしまう」
「残念だな」
ヒュウガは顎に手をあて、しきりにくやしがっている。
「それと、まあアレだな。何かとんでもない目に遭いそうになったときは、その場で俺かカールに連絡しろ。すぐにかけつける」
ヒュウガはきょとんとした表情をジェサイアに向けた。
「とんでもない目ですか? 何故そんなことを」
「ああ、おまえやシグルドの容姿は、ほら珍しいから」
なんだ、そんなことかとヒュウガは笑った。
「嫌がらせとかは、馴れています。それに上手くつきあう方法も、なんとなく分かってきましたから」
しれっと返答する後輩に、こいつはとんだ食わせ者かもしれないと、ジェサイアは苦笑した。
一ヶ月を待たずして自称血筋のいい方々をあしらう方法を身につけたということか。
シグルドとは随分タイプが違うようだ。
シグルドには嫌がらせに動じない強さと気高さを持っている。
そのオーラに気圧される。大抵の輩は手を出そうという気を失うだろう。
案外二人とも心配ないのかもしれない。
「まあ、そんなわけだから、身の危険を感じたらそれを使え」
ジェサイアは、「じゃあ俺は行くわ」とヒュウガの肩をぽんと叩き、その場を立ち去ろうとした。
「先輩」
背中から声をかけられてくるりと振り返る。
「ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる後輩が目に入った。
その律儀な様子に吹き出しそうになる。
そして、「明日は遅刻するなよ」と片手を上げた。