026:尻尾[ヒュウガ]
「何を見ていらっしゃるの? 主任は」
言われてヒュウガは自分の視線の先を意識した。
「いえ、見事なものだと」
「見事? 何がですか」
「あなたのそのすてきな尻尾ですよ」
「あら」
ネコという属性をもたされた亜人の助手は笑った。
魅惑的な笑顔をヒュウガに向け小首を傾げる。
長い尻尾が優雅に揺れた。
「主任は、亜人の女は趣味では無いですか?」
「いえ、亜人もガゼルも地上人も私にとっては同じです。魅力的な女性は魅力的ですよ」
うふふ……と笑って助手は言った。
「ここだけの話ですけれど、ここの部長……。ガゼルのくせに実は亜人の女性が趣味なんですよ。もちろん、ガゼルの奥様には明かせない趣味ですけれどね」
「おやおや、それは初耳です」
「亜人の若い女性ばかり口説くんです。特にウサギとネコ系が好みみたい」
「あのかたは私のような下層階級出身者にも分け隔てなく接してくださるので、尊敬していたのですが」
ヒュウガはメガネを人差し指で押し上げ、難しい表情をして腕を組んだ。
「あら、亜人の女性が好みというのは、趣味が悪いってことかしら」
言われてヒュウガは「え?」という表情を浮かべ、すぐに気が付いた。
「ああ、すみません。誤解を与えてしまいましたね。亜人どうこうということではなくて、奥様がいながら他の女性をくどくってことですよ。相手がガゼルだろうが同じです」
「そう」
その助手はヒュウガにくるりと背を向け、書類の整理をはじめた。白衣から、またふわふわした尻尾がゆったりと左右に揺れている。
ヒュウガはその尻尾から目を離せない。
思わず触れたくなっている自分に苦笑した。
「ええと、ただ部長の気持ちは分かりますよ。あなたの尻尾……そのなんというか、つい触りたくなりますから」
くるりと、亜人の助手は振り返って、うふ……と微笑んだ。
「触ってみます?」
「いいんですか?」
助手はまたヒュウガに背中を向けお尻を尽きだし、頭だけヒュウガを振り返って扇情的な笑みを浮かべた。
「でも、尻尾は特に感じやすいから優しく触ってね」
ヒュウガの指が、尻尾に触れる寸前で止まった。
「あの……ということは、尻尾ってもしかして」
「そう、性感帯……」
いたずらっぽく言う助手にヒュウガは指を止めたまま苦笑いを浮かべた。
「そう言われては、触れなくなっちゃいますよ」
女性はくるりと、ヒュウガに向かい合う。
「うーん、誘惑失敗か。残念」
「すみません。亜人どうこうということではなく、部下の女性とはそういう関係にならないようにしているんです。特にあなたのように将来を期待される優秀な女性とは」
「酷いわ、女性に恥をかかせるなんて」
と言いながら、亜人の助手は嬉しそうだった。
ヒュウガは立ち上がり、上着に手を伸ばし言った。
「では、お詫びに夕食をごちそうさせてください」
助手は「喜んでご一緒させていただきますわ」と、また優雅に尻尾を揺らした。