249:そばにいて[ヒ+ガス]
※これは、246:責任と対になる話です。これも、原案はちゃげさんです。
そこは、ヒュウガにとってとても居心地の良い空間だった。
その日、ユイは所用で外出していた。もっとも、狭いシェバトのことだ。すぐに帰ってくるだろう。
「結婚……したらどうじゃ?」
世間話をしていたガスパールが唐突に切り出した。
ヒュウガは、目を丸くして聞き返した。
「結婚って。誰とですか?」
「決まっておる。おぬしにその紅茶を煎れた娘じゃ」
「あなたの大事な孫娘でしょうに。相手をもう少し考えたらいかかがです?」
「あれは、気立てはいいし、芯もしっかりしておる。おぬしにとって不足ない相手であろう。違うか?」
「そうですね。武術に至ってはあなた譲り、しかも家事万能とくれば文句のつけようがない」
ヒュウガは膝で両手の指を絡ませ俯いた。
「なんじゃ、不満か?」
「まさか……。でも、何故、あなたがそのようなことをおっしゃるのか、私には理解しかねます。確かに……私は彼女に強く惹かれています。これを、世間では恋情と言うのかもしれません。でも、違う感情のようにも思えるのです。なんなんでしょうか、これは?」
「さてな……。おぬしにわからぬことを、ワシが知ろうハズもない」
「では、何故私に結婚をすすめたのですか?」
「おぬしとあれが結婚すれば、シェバトとソラリスの間になんらかの“道”が開けるからの」
ヒュウガは苦笑して、顔を上げた。
「これは驚きました。孫娘を利用しようというのですか? でも、彼女にとって私と結婚してもいいこと一つもない。首を縦に振るわけありません」
「あれにとってのメリットはひとまず置いておこう。話がややこしくなるからの」
「ややこしくなるって……」
ヒュウガは、その日何度目かの苦笑いをした。
「おぬしにとってあれは何なのだ?」
「え……?」
ヒュウガは考える。自分にとって彼女の存在はどういう意味を持っているのか。
最初は、守るべき少女でしか過ぎなかった。武術の腕はかなりのものであったとしても、実戦慣れしおらず、危なっかしくて見ていられなかった。
こうして、何度となくシェバトを訪問しガスパールと彼女と自分の三人の時間を過ごす。
それは、不思議な空間だった。主にヒュウガはガスパールと意見を交わし語り合うことがほとんどだった。彼女は会話に加わることはなかった。時たま、ちらりと二人を見る。いや、見守っているかのようだった。
彼女がいる……それだけで、こんなにも、空気は暖かく柔らかい。懐かしくて切なくて、胸が締め付けられるような泣きたい気分にさせる。幼い頃に失ってしまったものを思い出させるから。
ヒュウガは俯いたままゆっくりと首を左右に振った。
「何故じゃ。あれは、おぬしを受け入れるだろうて。おぬしもだからこそ、求めてるのであろう?」
「私には彼女を幸せにはできない」
「くだらん言い訳をしおって。何を恐れておる。このたわけが」
そう、恐れている。再び失うことをなによりも恐れている。
欲しくて欲しくて仕方がないのに。しかも、指を伸ばせば触れることができる。でも……。
「でも、駄目です」
「あれは、自分を必要としているものを放ってはおけない。おぬしに寄り添いおぬしを支える。それに、何よりも悦びを得ることができる、おぬしが帰るべき処をつくれるこの世で唯一の女じゃ。おぬしはやり遂げねばならぬ重大な役目を背負っておる。違うか? それは、孤高の精神でやり遂げられるような甘いものではない。おぬしに、あれは必要であろう」
ヒュウガは弾かれたように顔を上げた。
分かっている。必要なのだ。彼女に最初に出会ったその瞬間、心の深いところで彼女が必要だと。理解していた。
「だから、私に?」
「そうだ。あれを支えに、おぬしはおぬしの成すべきことをせよ」