012:的中[シグ+ヒ]
「ねえ、シグルド。あなたの勘はよく当たりますよね」
ベッドに横になり本を読んでいたヒュウガが唐突に訊いた。レポート作成のためにデスクと向かっていたシグルドは手を止め、椅子を回し振り返った。
「ああ、そうみたいだな」
「ねえ、私のこともわかりますか。将来のことなんか」
「俺は別に占い師ではないぞ。ただ、なんとなーく嫌な予感がすると、それが的中するくらいで。具体的に何が起こるかなどさっぱりわからん」
ヒュウガは少しがっかりしたような表情を見せた。
「そうですか。でもわかれば便利ですよね」
「そうでもないぞ。嫌な予感がするといっても、具体的な『何』がわからないから、回避しようがない」
「でも、用心することはできますよね。用心すれば多くは回避できるのでは?」
シグルドは腕を組み下を向き、少し考え込んでいた。そして、顔を上げ言った。
「もし、回避できたのなら俺は今頃こんなとこにいやしないだろう」
ヒュウガは、はっとした表情でシグルドを見返した。
シグルドは人種サンプルとして地上から、拉致されてきた。その後二年もの間、実験動物扱いで、薬物を大量投与されての同調実験を繰り返された。
一方、ソラリスの最下層階級に生まれたヒュウガも、十二歳の時に家族を失い、執拗な迫害を受けてきた。それでも、シグルドの比べればずっと楽な人生だったのかもしれないと思う。
「そうかもしれあませんね」
申し訳なさそうにヒュウガは言った。
「記憶は失っているが、たぶん、拉致される直前嫌な予感はしていたのかもしれないな。予感があっても、具体的になんだかわからないから、避けようがなかったのだろう。役にも立たない能力さ」
どうも、触れてはいけないところに触れてしまったような気がした。
ヒュウガは本を閉じ、身体を起こした。困ったような表情をシグルドに向け、ぽつりと謝った。
「すみません」
「何謝っている?」
「いえ、下層階級出身とはいえ、私もソラリス生まれ、少なくても地上人ではありませんから」
シグルドは椅子から立ち上がると、ヒュウガと並んでベッドに腰をおろした。そして、ヒュウガの肩に手をのせ、言った。
「まあ、悪いことばかりとも言えないかもな。カールに拾われたおかげで、地上では決して学べなかっただろう学問や技術を学べた。そして、何よりも、先輩やカールやおまえに出会えた」
ヒュウガは微笑んだ。
「ほんとうに?」
「ああ、本心さ。もっとも、まだまだこっちに来て、マイナスだったことのほうがプラスだったことよりはるかに多いとは思っているがな」
シグルドはにやりと笑った。
「収支決算日までに黒字になるといいですね」
ヒュウガはそう言うと、シグルドの肩に頭をのせ目を閉じた。
収支決算日……それは、いつかシグルドが地上に帰ってしまう日。
勘などよくないと自認しているヒュウガが、これだけはきっと当たるのだろう確信しているたった一つの予感だった。