231:1.5倍[旧エレ]
「そう言いますけどね、私だってユーゲントに入ってから、随分と背は伸びたんですけれど」
不満そうにヒュウガは、三人のエレメンツ仲間を見上げ睨んだ。
ユーゲントの食堂。料理が並んだテーブルの前に座るヒュウガの周りをぐるりとジェサイア、シグルド、ラムサスの三名が監視するように取り囲む。
「駄目だ。俺たちに比べりゃまだちびだ。だから食え。今までの一・五倍は食わんと背は伸びないぞ」
腕を組んだシグルドが意地悪くにやりと笑った。
「そうだ、おまえの生育不良の原因は栄養不足だ」
ラムサスは大まじめだ。おもしろ半分の二人と違い、ただ一人心配をしている。しかし、いやだからこそずれている。
プレートの上に山盛りになった料理を恨めしそうに見つめ、ヒュウガは嘆息した。もうこれ以上食えない。というか、この料理は食べたくない。
「もう食べたくない。といことで、ごちそうさまでした」
椅子から腰を浮かしたヒュウガの肩を三人は押さえつけ、無理やり座らせる。
「わがまま言うな。だから、背が伸びないんだよ、おまえは」
と、シグルド。
「おまえ、好き嫌いが多すぎる。なぜだ?」
ラムサスが怪訝そうな表情で、ヒュウガの顔をのぞき込んだ。
「……第三階級って、食材に乏しかったからほぼ毎日、赤ん坊のころから、数パターンの味し知らないんですよ。ということで、馴染みのない味は口にしたくないんです」
ずっと三人のやりとりをにやにやと笑いながら傍観していたジェサイアが口を挟む。
「ならば、今から色々覚えればいいだろう。……ということで、とっとと食って、もう少しでかくなりやがれ」
「お言葉ですが、私の身長だって、ユーゲント内の同年齢男子の平均を優に上回っているんです。ちびだなどと言われる筋合いはありません。大体、先輩もカールもシグルドも非常識にでかいだけでしょう。私にはこれ以上、大きくなるメリットは何も見えてこないんですが。どういったメリットがあるか説明してくれませんか?」
苛立ちを含ませた口調。
ラムサスは腕を組んで考え込むが、すぐに顔を上げ爽やかな笑顔を浮かべた。
「踏台無しでもかなり高いところにある物が取れるから便利だぞ」
「今まで、そんなことで不自由したことはありませんよ」
「そ、そうか……」
すごすごと引き下がるラムサスに替わって、シグルドが身を乗り出した。
「背が大きくなれば、おまえでも女にもてる……かもしれない」
「ユーゲント内でのもて具合と、身長の関係を統計的に、提示いただければ少しは信用しますが、ざっと思い浮かべただけでも、もてているのは決して背の高い男じゃない。違いますか?」
シグルドは笑ってごまかす。
左手のひらをグーで叩いてラムサスは顔を上げた。
「そうだ。大きくなれば強くなるんだぞ。強いことは軍人の優秀さを定義する一つの項目だ」
ヒュウガは呆れ顔でラムサスを見つめた。
「カール……その論理展開、あなた子どもですか? ではお尋ねしますが、ここで、真剣を手にした私より殺傷能力が上回るという自信があるというかたいらっしゃいますか?」
シグルドもラムサスも黙った。
そこへ、ジェサイアがヒュウガの頭をがしっと掴んだ。
「あーだこーだ、うるせえんだよ、おめーは。くだらん理屈こねてないで、とっとと食って大きくなりやがれ」
「だから、何故大きくなる必要があるんですか?」
「そのくらい、気付よ。……見映えだよ、見映え」
「見映え?」
「そうだ。俺たちは仮にもエレメンツという精鋭部隊だ。つまり、チーム、戦隊なんだよ」
「だから?」
「たとえば、色違いで揃いの戦闘服に身を包み、並んでポーズを決めるなら、背が揃っていた方がかっこいいだろう」
「はあ?」
「そこでだ。身長を縮めることは不可能だ。おまえが背を高くするしか手がねえんだよ」
ラムサス、シグルド、ヒュウガの三人は唖然として顔を見合わせ「知らなかった」と呟いた。
その日以降、シグルドとラムサスがヒュウガの食事の量について口を挟むことはなかった。