224:生きろ[ジェ+ジョ]
ジョキ。
包帯に鋏がはいった。
はらりと包帯が落ち顔に空気が触れた。
「見てみますか?」
形成外科の担当医に手渡された鏡に映る自分の顔は、かつての自分の顔にも、あの男の顔にも似ていないように思えた。
「顔の腫れがひくまで、結構かかるかもしれないけれど、いずれひきますので心配しないように。腫れが引かないと希望通りの顔になったかどうか不安かもしれないわね。でも、大丈夫。手術は成功しましたから」
「ああ、わかった」
「骨格はさほどいじっていないから、予後はいいと思うわ」
「そうか……」
「……それにしても、なぜ整形を?」
そう言いながらジェサイアの背後から鏡を覗き込む。
「そんなに不思議か?」
「別の顔にしたいなどと、あなたのような理由で整形をしようという人は珍しいのよ。過去を捨てたい人とか、追っ手から逃げようとする人とか……。ごめんなさい。患者の詮索をするなんて医者として失格ね」
ジェサイアは唇の片端を上げて笑った。
顔が引きつっていて、ぎこちない笑顔だと思う。
「そりゃもっともな疑問だ。どっちもあたりだな」
まあ、……と、表情で担当医は笑った。
あと、二日くらいは様子をみたいという担当医の制止を振り切って、病院を後にした。多めに消炎剤と化膿止めを拝み頼んでもらった。
木漏れ日の中歩いていくと、水音が聞こえた。
腰を下ろし、せせらぎの冷たい水をすくい口に含む。
この先の分かれ道を左に折れて、少し行けばシェバトへ続くとあの男は言った。右の道は我が家へと続く。
さて、どうするか。
ソラリスの追っ手からうまいこと逃げているつもりだった。シェバト工作員であるジョシュアの導きで、目的の地は目の前だった。それが、命を狙われた自分ではなくて、自分を庇ったジョシュアが命を落とした。
出会ってすぐに意気投合した。
昔からの知り合いように、むしろ不用心すぎると自分でも思えるほど、うち解けることができた。たぶん、生まれてはじめて親友と呼べる男と出会ったのだろう。
それが、やつは自分のために命を落とした。短いつき合いだった。自分と関わりさえしなければ、もっと長生きができただろうに。
――シェバトに行ってどうする?
――何度も説明したぞ。M計画の中心となっていた科学者の娘と研究データを移植したギアゼプツェンを追う。
――いや、だからその後だ。
――その後?
――おまえは、シェバトに何を望む?
――シェバトはソラリスに対抗できる唯一の国家だ。ソラリスの上層部の野望をうち砕くことができる可能性があるのはシェバトだけだろう。ならば、俺は協力する。
――シェバトに亡命でもするつもりか?
――ああ、可能ならばな。
――やめときな。
――何故だ?
――そんな善い国じゃねえよ。……もっとも、俺がどれだけ説明しようが納得いかないだろう。あと少しで、シェバトに連絡がつく。シェバトについたら、おまえの目で直接見て耳で聞いて確かめるこった。それでも、亡命したいっていうんなら、止めはしねえ。
だが、あいつはシェバトに俺を連れていくという約束を反故にしやがった。
ジェサイアに、二つのものを形見に残し。
――しっかりしろ、ジョシュア。
――ああ、俺はもう長いことねえ。悪いな、おまえをシェバトに連れていけなくて。
――そんなことは、どうでもいい。とにかく、医者を……。
――いや、いい。ジェサイア……。おまえに俺の形見をやる。
――大丈夫だ。気弱になるな。
――いいから、聞け。少しでも追っ手を煙に巻くのなら、俺の顔を使え。それと、ついでにブラックの名字をおまえにくれてやる。どっちも気休めくらいにはなるかもしれん。だから……。
――しゃべるな。
――おまえは、生きろ。
最後に男はにやりと不適に笑って目を閉じた。その後二度と目を開くことはなかった。
水面に視線を落とす。
あの男が自分を見ていた。
振り返るな。迷わず歩いていけと。
色々なところで、つっこまれているけれど、ジェサイアの整形ってちっとも意味無かったですね。設定画でもトレースしたようなモンだし。だませたのはビリーとシグルドだけで、プリメーラもシタンもすぐにわかっちゃったし(笑)
「先生、いいんですか? さっきの患者さんですけれど」
「なに?」
「全然顔、変わっていないじゃないですか。ばればれですよ」
「一応、傷だらけにはしておいたけれどね。あはは」
「笑い事じゃないですよ」
「いいんじゃない? 本人納得したみたいだし。プラッシボ効果ってやつね!」
「言葉の使い方、激しく間違えているような……」
※この話に関連するお題は時系列順に以下のとおりになっています。