215:キライ[ヒ+ジェシ+ラム+ミァン]
シグルドがいなくなってからというもの、カーラン.ラムサスは荒れていた。実は、落ち込んでいたとか、いじけていたというほうが適しているような気がしたけれど、その表現はヒュウガの中のカーラン・ラムサスのイメージを壊すようで抵抗がある。
「先輩……カールのことですが、もう、なんとかしてくださいよ」
ヒュウガは帰宅しようとするジェサイアの腕を掴んで嘆願する。
「あーー? 駄目だ。なんとかしないといけないのは、ビリーも同じだ。ビリーも毎日泣いて泣いて大変なんだぞ」
「だからといって、私一人にカールを押しつけないでくださいよ。こっちの身にもなってくださいよ」
「そもそも、カールは別に普通に講義には出ているし任務もこなしているぞ」
「だから、プライベートの時間が見てられないんですって。深酒はするし、意味不明に酔っぱらって、もう思い出したくもない……。写真でもとっていたら、本人卒倒するだろう状態なんですよ。ですから、一度で懲りて、決して外では飲まないようにして、なんだかんだ理由をつけてはカールの部屋で飲むことにしいるんです。そうしたら……」
「どうしたんだ?」
「自分の部屋で飲むと、暗いんですよー」
「明かりつければいいじゃないか」
「そういう見え透いた勘違いをしないでください。もう、膝をかかえて、一人ぶつぶつ。目はすわっているし」
「そうか、ご苦労だな。じゃっ、カールによろしくな」
とジェサイアはヒュウガの腕を振りほどくと、走り去った。驚くほど逃げ足は速かった。
――逃げられた。
ヒュウガは歯ぎしりをする。気が重いが仕方ない。足首に鉄球をくくりつけられているような足取りでラムサスが待つ部屋へと向かった。
「カール遅くなりました」
ドアフォンで伝えれば、電子ロックが解除される。
ヒュウガが部屋に入っていけば、ラムサスは案の定、膝を抱えて一人ぶつぶつなにか呟いている危ない人になっていた。
小さい声だったが、よく耳を澄ますと「キライだ、キライだ……みんな大キライだ」というようなことを、口走っている。おそらく本人何を口走っているのか、そもそも口走っていることすら気がついていないかもしれない。
「あの、カール?」
「あ、ヒュウガ……来ていたのか?」
来ていたのかって、自分がロックを外したのではないかとヒュウガは呆れた。
「ねえ、カール。今日は飲むのを控えませんか? このままでは身体にいいことはないですよ」
「俺はやるべきことはちゃんとやっているぞ」
「ええ、それはもう完璧ですからね、尊敬しますよ」
「尊敬? 白々しいことを言うなヒュウガ。本当は、シグルドに裏切られるレベルの人間、もしくはシグルドの裏切り者本質を見抜けなかった間抜けなやつだと思っているのだろう」
そりゃ、被害妄想だ。
「そんなことないですよ。シグルドはどうしても地上に帰らなければいけない大切ことがあって、それはシグルドにしかできないことだったから、仕方なかったんですよ」
「大切な? 理想国家の実現より大切なことがあるものか!」
シグルドの立場や、今回のいきさつを理詰めで説明しようとするが、議論は堂々巡りをはじめだんだんラムサスは荒れてくる。仕方なく、ヒュウガは一服もって、眠らせて退散するという掟破りの行動にでるはめになる。
どうも、自分には彼を納得させることはできないような気がして、帰り道ため息が止まらなかった。
それから、数日後、何故かもう来なくていいとラムサスに告げられた。
彼は晴れやかな表情をして「おまえにも心配かけたが、大丈夫だ」と言った。見れば、後ろにインディゴブルーの髪の少女が微笑んでいる。ミァンだ。
「俺は彼女に救われた。彼女の一言で目が覚めた」
「一言?」
「ああ、そうだ。俺はあいつに裏切られたのは俺の指導者としての資質がかけていたのかと気に病んでいたんだ。だが、そんなこと気にする必要はなかった。なぜなら判断を誤ったのはあいつで、俺は間違っていないということを理解したんだ」
「そうよ、でも、あなたは優しい人だから、どうしてもシグルドを悪くは思いたくなくて苦しんだのよ。カールはこれからソラリスの頂点に立つ人ですもの、すべてが正しいわ。ねえ、ヒュウガ」
いきなり同意を求められる。立ち直り書けているラムサスを前にして、まさか否定するわけにもいかない。
「もちろんですよ。カールは優秀ですから」
「そうか、そう思うか。よし! じゃあ、俺達は失礼する」
ラムサスはさりげなくミァンと腕を組み、その場を離れた。
あの男はあそこまで操りやすい人間だっただろうか。ミァンになんとなく引っかかるものを感じないでもなかったが、取りあえずラムサスが落ち着いてくれればまあいいかとヒュウガは二人の後ろ姿を見送った。