208:自分の死んだ後[シグ+シタ]
母は、生まれた時から病気で、あまり長く生きられないと宣告されていた。
そのせいだろうか。
いつもいつも、自分の死んだ後のことばかり気にしていたように思う。
母は、話せるうちにと体調の良い日には自分の本当の父のことや、父に対する思いを幼いシグルドに独り言のように語り聞かせた。
子どもには理解しがたいことがほとんどだったけれど、息子が理解出来る年になるのを待つ時間は母に残されていなかった。
本当の父がだれであるのかを聞かされたのはいくつくらいの時だっただろうか。
実父に対しては何の感慨も湧かなかった。当たり前だ。会ったこともないのだから。
自分がどのような生まれか知っていたほうがいい。知った上で、どのように生きるかだ。そう言っていた叔父ミミルは、シグルドの父エドバルト王のことを、優しいけれど腰抜けだと笑った。シャリーマを追いかけノルンに来たものの、ミミルの一喝にすごすごと引き返したという。
父は自分が母に捨てられたと思いこんでいたらしい。子ども心に間抜けだなぁと思った。
「そうですか。シグルド、若くんとそんな話を」
冴え冴えとした月の光が降り注ぐアヴァ王宮のバルコニーから夜空をシタンは仰いだ。
「ああ、若は思っていた以上に勘がよかったし、父であるエドバルトのほうが、俺なんかより一枚上手だった」
「あなたの身の上話、ちゃんと聞くのは初めてですね」
「そりゃそうだろう。ソラリスにいたころは地上の記憶は消されていたからな。話しようがなかった。俺もおまえの身の上話を聞いていないような気がする。記憶を消されていたわけではあるまい」
くすりとシタンは笑って、眼鏡を指で押し上げた。
「今度、機会があればゆっくりとお話しますよ。それにしてもあなたの母上は、子どものころから死と向かい合ってきたんですね」
「そのせいで、母は好きな男の元から逃げてしまった。もし、死期を知らなければ直前まで父の元で幸せに暮らせたのかもしれない。だからどうというわけではないがな」
「私の場合と逆ですね。私の家族はね、本人達ももちろん残された私も予想できない状況で唐突に私以外全員まとめて命を落としているんですよ。もし、死を予測できていたら、一人残してしまう幼い私のために色々考えたかもしれませんね。それに、幼いころから母親の死を覚悟できていたあなたと違って、私には何の心の準備もできていなかった。ユーゲント時代、家族を失った現実から逃げていただけのような気がします」
「そうか」
「『俺の死んだ後のことなんざ知ったこっちゃねえ』が正解のような気がします」
「先輩か……?」
「今頃くしゃみしているかな」
「冷えるな。そろそろ中は入らないと俺達のほうが風邪をひく」
シグルドは月明かりに照らされる王宮の庭園をもう一度目に焼き付けた。明日から自分も若もソラリスと決着をつけるため、ユグドラシルで再びアヴェを発つ。戦いはまだ終わったわけではないのだ。