206:鎮魂歌[ジェシ+シタ]
「どうぞ」
熱い紅茶が満たされたティーカップがジェサイアの前にすっと差し出された。
「気を遣わせてわりぃな」
顔を上げるとシタンの妻ユイが微笑んでいた。
「少し遅れるから、待ってもらうようにってあの人が。いつも迷惑をかけているんでしょう? それに祖父も色々お世話になっそうですね」
「そんなことはない……と社交辞令の一つでも言いたいところだが……前半分はそのとおりだな。ガスパールの爺さんには、俺の方が世話になったからプラマイゼロってところか」
二人は目を合わすとくすりと笑った。
紅茶を飲み終えたころ、シタンが戻ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい、あなた」
「先輩、お待たせしてすみません」
ジェサイアは片手を上げた。
「おう……って、外にでないか? 子どものいる家を煙草臭くするのは気がひける」
浮き石を乗り継ぎ、廃墟へと着いたジェサイアは早速煙草を銜えた。
「今まで何処へ行っていた?」」
「ええ、フェイのところへ。イドのこと、会議で議決されたことを一通り説明していました」
「で? フェイは納得したのか?」
「まあ、ラハンの暴走から、本人にも思い当たるふしがたくさんありましたから。フェイが一番恐れていたことが現実だったというだけですので、抵抗するようなそぶりは何も」
「あの嬢ちゃんは?」
「エリィですか? ……予想通り動き出しましたよ」
シタンは手のひらにすっぽり収まる小型レコーダーを取り出し、イヤホンを耳から外した。
「おいおい、フェイに説明したのはついでかよ。盗聴器しかけるとは悪趣味なやつだな」
「生憎なりふり構っていられるほど余裕ないんですよ」
シタンの口調はどこか刺々しかった。
――逃げよう?……二人で戦いの無い世界へ行こう?
「非現実的だなそれは」
「そうですね。すべての事件はフェイを中心に起きています。戦いが彼につきまとう。逃れることは不可能です」
「おとなしく凍っててもらうか?」
「凍らせたところでイドの瀬在能力を考えれば時間稼ぎにしか過ぎない。逃げて貰うのが最善です。それにあの時イドはエリィを殺さなかった……。彼女が鍵になるかもしれませんね」
「愛は強しってやつか?」
「いいえ、エリィがフェイと同じように特殊な存在であるかもしれないってことですよ。カレルレンがエリィのデータに異様に拘っていた。いや、彼女のデータを目にして興奮していたと言うべきか」
「どういうことだ? 天帝から何か聞いていないのか? 接触者みたいな」
シタンは首を左右に振った。
「特には。まあ、今考えても仕方ありません。カレルレンの執着度合いから考えると何が何でもエリィを連れ戻そうとするでしょう」
エテメンアンキが墜ちる直前、巨大な船影が確認されている。カレルレン以下幹部は脱出したとみいて間違いない。帝都は墜ちても、地上にソラリスの軍事拠点、施設などいくらでもある。ソラリスが地上を支配している現実は何ら変わりないのだ、
「シェバトにわざわざ奪取しにくる……か。カールあたりが使われそうだな」
シタンは頷いた。
「シェバトを戦場にするわけにはいかないので、働いてください」
「じゃあ、俺はレーダーの攪乱でも……」
「いえ、それはシグルドに頼んでおきました。そろそろ終わっていますよ」
「手回しがいいな」
「先輩は、ヴェルトールの補給をお願いします」
「どうやって」
「シェバトの整備員を適当に言いくるめればいいでしょう。先輩のお家芸なんですから」
いけしゃあしゃあと言ってのける相変わらずの後輩にジェサイアは苦笑した。
「善は急げだな」
くるりと背中を向けたジェサイアにシタンは呼び止めた。
「先輩」
「あ……?」
振り返ったジェサイアとシタンの間をシェバトの冷風が通り抜けていった。
「最後に一つ……フェイを許せますか?」
少しの沈黙。
エテメンアンキは墜ち多くの善良な市民が死んだのだ。懐かしい友人たちの顔が次々に浮かんだ。
ジェサイアは目を伏せる。
「個人的な情で動けるほど俺達は純真じゃあねえ。もし、フェイが裁かれるべきならば、俺達はとっくに裁かれているべきだろう。なあ、ヒュウガ。……一通り片が付いた時に、犠牲になった死者の魂に祈りを捧げるのがせいぜいだ」
シタンはうっすらと笑み、再び背を向けるジェサイアに深々と頭を下げた。
※この話に関連するお題は時系列順に以下のとおりになっています。